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緑の野にて
Dreaming in Green
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緑の野にて あなたと二人 追いかけた雲は いつも速くて 緑の野にて あなたと二人 追いかけた夢は いつも遠くて 緑の野に風が吹いている。 ああ、これは夢だな……と思いつつ、彼はまどろみに身を委ねたままでいた。 いいのだ、これで。目を閉じたままでいい。そうしている内に、そう、足音が聴こえる。足音はゆっくりとこちらへ近づいて、立ち止まる。そうしたら自分は、ゆっくりと目を開く。 「お目覚め？」 緑の野に風が吹く。 草は風に揺れ、微かな笑い声を立てる。 そう、風と草の笑い声…… 「──カミーユ？」 シャアがよくよく見てみれば、カミーユが一人、くすくすと笑い声を漏らしていた。何故奴がこんな所に居るのだ……ひとのささやかな夢想をぶちこわしてくれて……。シャアは、うめいた。 ここはアーガマの士官用ラウンジである。シャアとカミーユ以外の人影は見えない。それは、当然の事だろう。と言うのも、今この時点で非番なのはパイロットくらいのものだからだ。 だからと言って…… 「何故お前がここに居る？」 「居たっていいじゃないですか。何か不都合でも？」 「こは士官用のラウンジだぞ」 「僕を中尉待遇に仕立てあげたのは、何処の誰でしたっけね」 カミーユは悪戯っぽく笑った。 「──上層部の連中だ」 応答を探すシャアとは裏腹に、カミーユは笑いを堪えるのに必死だ。 「大尉の口からそんな言葉を聞くなんて」 言って、ついに吹き出したカミーユを、あっけにとられて見つめていたシャアは、一つ咳払いをして尋ねた。 「で、何の用だ？」 笑いの余韻を残しながらも、カミーユはきちんと向き直った。 「宇宙を覗きに来ただけです。そしたら──」 少し間を置いたカミーユは、不思議と落ち着いた声で答える。 「そしたら、あなたったら本当に幸せそうに寝息を立てているものだから……」 「幸せそうに、か……」 緑の野にて あなたと二人 探した幸せ 今は何処に 緑の野にて あなたと二人 探した夢は 今は何処に シャアの脳裏には、一枚の絵が再現されていた。陽光満ちた緑の野。気に入っていた、風に揺れる草むら。頭上の空を眺めているといつしか眠りに陥り、そうすると妹のアルテイシアが駆け寄ってくる。と、目が覚めるのだ。 『お目覚め、兄さん？』 何度繰り返したのだろうか、この光景を。少なくともあのときは幸せだった。終わると分かっていた幸せ……もう二度とあの日々は戻らない。もしあの時サイド３に行かなかったら自分はどうなっていたのだろう……或いはサイド３に居たまま──地球に逃避行をすることがなければ？ いや、とシャアは舌を打った。歴史に『ｉｆ』は不要なのだ。 今自分はここに居る……紛れもない現実の中に、だ。 ──とは言え、本当にここは現実なのだろうか？ 自分は、夢を見ているのではないだろうか？ 緑の野にて あなたと二人 見ていた空は いつも高くて 緑の野にて あなたと二人 見ていた夢は いつも遠くて 窓の外には、無数の星がきらめいている。照明を落としたラウンジも、既に宇宙の一部になっている。そこには、空はない。或いは、夢すらもないのかも知れぬ……。 「どんな夢を見ていたんです？」 その一言が、彼を思考の混沌の淵から引きずり出した。 いつからそこに居たのか、シャアが目をやっていた方向から、カミーユの声は聞こえてきた。つまりカミーユは、広い窓を背にして、寄りかかっている訳だ。背後の宇宙は深く、吸い込まれてゆきそうな感じさえする。 「子供の頃の……思い出だ」 少し顔を赤らめて笑う。 「良いですね、」 羨ましさと悲しさが同居した微笑を見せて、カミーユは答えた。 「ん？」 「少なくとも夢の中では──思い出の中では幸せなんですから」 緑の野にて あなたと二人 作った思い出 今は遥かに 緑の野にて あなたと二人 抱いてた夢は 今は遥かに 思い出の中の、夢の中の幸せ……目を開けばそこは現実。 現実の中に幸せはないのだろうか……？ 愚かなことを、とシャアは嘲った。現実は現実でありさえすれば良いのだ。自分の生きられる場所であれば良い。 シャアは静かに目を閉じた。ふっとあの風景が蘇る。 陽光満ちた緑の野。背の高い草を揺らして吹き抜けてゆく風。どこまでも青い空、流れてゆく白い雲。近づいて来る足音が聴こえる緑の野には、いつも優しい風が吹いている。 あぁ、これは夢だな……と思いつつ、彼はまどろみに身を委ねたままでいた。
（8912.08）
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あとがき ちょっとどのあたりの話か特定しにくいんですが、＃38-39あたりでしょうかということで。当初10話くらい早かったんですが、カミーユの言動見てるとこの辺かなと。しかしま、何か甘いんだかどうなんだか、眩暈がするんですが。 昔話を致しますと、わたしはファーストの頃からシャアのファンでした。その後Ζ本放送中の＃31でカミーユに転んで現在に至る訳ですが、この頃はシャアを書こう、としていたんですねぇ……って書けているとは思えませんが〜。とほほ。何つうか、このお二方の会話って本編見てても独特の空気があるなぁと思うのですが、それが書きたかったらしいです（他人事みたいに言うなよな）。
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