Camille Laboratory Top伝説の勇者ダ・ガーン>創作小説

1. 春のまだ浅い日に



On the Early Spring Morning




 まだ春の浅いその日、高杉陽一郎は死んだ。

 山間にひっそりとたたずむ古い家で、彼は単にまだ眠っているだけであるかのように、ひとり静かに息を引き取っていた。頃は朝、空はもう明るいものの、周囲を山に囲まれた地形のおかげで、太陽の暖かな姿はまだ見られない。木立からにじみ出て来たらしい、深い緑の香りのする冷たくひんやりとした空気が、緑を愛した故人を悼むかのように、開かれた障子から屋内に入ってきていた。
 陽一郎の息子の春一郎は、朝早くから呼びだてた医師を見送りに、家の下の道まで降りていた。陽一郎を起こそうとして、彼の異常を発見した春一郎の妻の史子は、まだ微かに震えながら立つ事も出来ずに居た。そんな史子の肩をそっと抱いているのは、兄嫁の美鈴だった。美鈴の夫で春一郎の兄である光一郎の一家が、珍しく陽一郎を尋ねて来ていたその日に、陽一郎はこの世を去ったのである。

 陽一郎の孫に当たる子供たちも、もう起き出していた。春一郎の息子の晴一郎と、娘の美月と美花、光一郎の息子の星史とそしてもう一人――その子の名は、ヤンチャーといった。くせのある髪をぴんと尖らせた様はいかにも気が強そうでいて、でもどこか甘えん坊にも見える表情が憎めない少年だった。ヤンチャーは、はじめ呆然と戸口に立ち尽くしていたが、すぐに大きな瞳をいっぱいに潤ませて、物も言わず横たわる陽一郎に駆け寄った。
「何でだよぉ、どうしてだよぉ!まだ会ってから一日しか経ってないのに!」
 わぁん、と声をあげて泣き出したヤンチャーにつられて、美月と美花まで一緒になって泣き出したものだから、晴一郎は妹達のなだめ役に回った。星史もヤンチャーの傍らで肩を抱いてやったのだが、自身の頬にも涙がぽろぽろとこぼれてくるのを止めることはできなかった。
「俺だって、まだ沢山聞きたいことはあったんだ。じいちゃん……」
 そうしていると、家族が集っているこの陽一郎の部屋に、探し物をしていた光一郎が医師を見送った春一郎と一緒に戻ってきた。それを認めたヤンチャーは、今度は光一郎に飛びついて盛大に泣き出した。光一郎は黙って目を細めると、ヤンチャーの髪を撫でてやった。そもそも、光一郎の一家が突然この家にやって来たのは、この少年を家族の一員として迎えることになったというその報告(もしくは事後承諾)のためだったのだ。星史はとっさに二人の方を振り返ったが、くっと唇を噛むように何かを堪えて陽一郎に向き直した。そんな三人を見遣った美鈴の胸中は、どこか複雑な思いだった。


 話は、十数年前に溯る。

 世界中で、謎の飛行物体がしばしば確認されるようになっていた。無線にも応答はなく、強制的に捕らえようとすれば回避行動に入り、やむなく攻撃すれば反撃されるということが繰り返されていた。何処の国のものかとの疑念のおかげで国家間の緊張は高まり、一触即発の危機さえ感じられるようになった頃、ようやく飛行物体の破片が入手された。それは、地球上の技術では到底製作され得ない代物であり、異星文明の関与が示唆された。それを裏付けるような発見も複数報告されるに及び、従来の体制では飛行物体を送り込んだ<彼ら>に対峙しきれないとして、地球防衛機構軍が超国家組織として設立された。光一郎は、その日本支部に少佐として勤務することになった。
 日本支部が設置されてしばらくした頃、光一郎はTV局のキャスターとして取材に訪れた美鈴と出会い、出会って一週間でプロポーズ、その翌日に緑が浜市役所に婚姻届を提出ということをしでかした。彼にしてみれば、既に三十路という自身の年齢に迫る危機に、もとい、防衛機構軍少佐として地球に迫る危機を鑑みての行動ともとれるものだった。しかし実際のところは、単に兄さんがノリやすい性格だからだ、とは弟の春一郎の言い分である。ともあれ、その後人類は月に有人基地を設置するに至り、万全の体制を目指して、各国間の協力のもと調査と訓練の日々を送っていた。その後も<彼ら>の送り込み続ける飛行物体は殆ど変わり映えせず、数年が経過してしまうと、これすらも危機感のない日常と成り果ててしまっていた。光一郎と美鈴の一人息子の星史が小学校へ入った頃、光一郎は防衛機構軍の日本支部からオーストラリア本部へ転勤になった。元々光一郎も美鈴も仕事で家を空けることが多かったが、三人家族がますますばらばらに暮らすようになってさらに五年が経った。

 星史が小学五年生だった昨年の年明けすぐの頃に現れた飛行物体は、今までに確認されたものとは様子が完全に異なっていた。明確な戦闘意志を表し、防衛機構軍の迎撃機は反撃する間もなく無残に破壊されてしまった。その飛行物体は日本へ上陸、光一郎一家の住む緑が浜が襲撃された。光一郎は防衛機構軍のオーストラリア本部から、仕事で家には居ないはずの美鈴と、一人で緑が浜に居るはずの星史の身を案ずるしかなかった。勿論、それはあくまで個人的な感情でしかなく、防衛機構軍の大佐としての彼の感心は、明らかに攻撃に行動を変えた<彼ら>の目的と、そして突如緑が浜に現れて<彼ら>に対峙し、これを撃破した謎のロボット、ダ・ガーンに寄せられていた。その後も<彼ら>の繰り出すロボットや怪物を倒してゆくダ・ガーン達<勇者>と、彼らと行動を共にしている「隊長」などと呼ばれているらしい少年。彼らの協力なくしては、この地球の未来は有り得ないとして、防衛機構軍の大佐としての立場で、光一郎自身が彼らに協力を求める呼びかけをした。


 そして、光一郎は初めて「隊長」に対面することになった。目前に直接会ってみると、どう見ても普通の少年、しかも自分が一番良く知っている少年にしか見えない彼は、それでも「隊長」として、一人前の口を利いて防衛機構軍の大人たちに向かって見せた。<彼ら>は、オーボスと名乗る宇宙からの侵略者で、今までに現れたロボットや怪物はその部下が送り込んだものであること。オーボスの目的は、地球のような生命のある星が持つ<プラネットエナジー>を奪うことだということ。地球には<プラネットエナジー>の解放点が五つあって、それがヒットされると、<プラネットエナジー>は爆発的に解放されてしまい、地球は目茶苦茶に引き裂かれてしまうということ。それらを話しながらも、彼は決して自分のことを明らかにしようとはしなかった。彼の被ったヘルメットのバイザーの色は濃く、その下の表情を窺い知られることを拒んでいた。そんな彼がついうっかり口を滑らせて、光一郎のことを「父さん」と呼ぶのを、光一郎は素知らぬ振りをして聞き逃した。
 そして彼が理不尽な大人の物言いにも、頑として素直な子供の感性のまま動こうとする様には、光一郎なりの理を通して、彼の意志が尊重されるようにしてみせた。それは、自分の息子には「嘘をつくな」と教えてきた自分が、嘘をつくことになってしまったことに対する罪滅ぼしでもあったのだ。光一郎は、自分を含めた防衛機構軍の大人がついてしまった嘘を彼に謝罪し、個人的にではあったかも知れないが、とりあえずの信頼を取り戻して、一度彼とは分かれた。

『これが防衛機構軍のやり方なのかよ!』
 彼の真っ直ぐな批難が自分に向けられたあの声は、それからしばらくの間、時折光一郎の脳裏に甦った。その後星史とは、異星人の疑いが掛けられた山本ピンクの家でちらりと会っただけで、その後異星人としての本性を現したピンクの家――宇宙戦艦――から、星史がどうやって逃げ出せたのかは分からない。それでも、星史は無事だとの確信は胸中にあったので、自宅の留守番電話に一言伝言を残しただけで、光一郎はオーストラリアの防衛機構軍本部に戻った。星史もだが、美鈴ともゆっくり話をしていないことが、空を行く光一郎には気がかりだった。


 それから二人とは顔を合わせないまま、戦いは続いていた。人工衛星からの観測で、オーボスと関係があると思われる謎の人工天体が発見される段になって、光一郎は隊長に再び協力を要請し、会見の機会を持つことができた。オーストラリアのエアーズロックを訪れた隊長は、もう一人の見慣れぬ風体の少年を伴っていた。隊長はその少年をセブンチェンジャーの持ち主だと紹介した。彼もまた、故郷の星を守る<勇者>の<隊長>だった。それが、光一郎とヤンチャーの出会いだった。

 ヤンチャーを引き合わせた隊長が、高杉家の隣の娘の香坂ひかると星史のクラスメイトの桜小路蛍を伴っていたのも、彼の素性を考えれば不思議ではないことだった。光一郎は、たとえそれが隊長だからとはいえ、いやだからこそ、戦いに子供たちを巻き込みたくはないと思っていた。しかし、子供たちを巻き込んだこの戦いは、だからこそあのような結末になったのではないかとも思えた。

 あの戦いは──星史の成長とともにあったあの戦いは、どの時点を取ってみても光一郎の心に深く刻まれていた。しかし、隊長とともにオーボスの元へ赴いた時、自分を残して彼が脱出せざるを得なかったこと、そして彼が自分を助けるために再び戦いに立ち向かった時のことは、今もあまりにも生々しく光一郎の目の前をよぎり、まだ思い出になるには早すぎる記憶だった。美鈴に聞かされた星史の涙は、確かに自分もこの目で見たものだった。

 あの時の星史が自分を呼ぶ声は、光一郎の耳に今も蘇る。
 そして彼は再び隊長として、光一郎の前に現れた。
 十二歳の息子は、ある意味父親よりも大きなものを背負わされていた。
 この星を守る、<勇者>達の<隊長>。
 だが、隊長として彼がやり遂げたものは、彼が少年だったからこそできたものではないかと、光一郎には思えてならなかった。大人をやるしかない自分には、きっと出来ないことだった。だから、自分は大人しかできないことを、やり遂げてみせると思ったし、今もその思いは常にある。彼の父親である限り、それは一生続くことだと光一郎は自覚していた。


 そうしてオーボスとの戦いが終わって、光一郎の一家が揃って顔を合わせることが出来たのは一月程経ってから、つい先週のことだ。光一郎はオーストラリアや日本だけでなく、解放点付近の甚大な被害を被った地域を飛び回り、美鈴は必要な人に必要な情報を伝えるという報道の精神でやはり動き回っていた。星史はといえば、ヤンチャーやひかる達と一緒に、自分達で出来る範囲で緑が浜町内のボランティア活動に参加していた。それぞれ、緑が浜の街角で何度かすれ違ってはいるのだが、オーボスとの戦いの最中の方がまだ落ち着いて話をしていたような気もするくらいの忙しさだった。そんな一月の間に、ヤンチャーはすっかり高杉家に居着いてしまい、美鈴もたまに帰宅しては、それまでにも増してこの少年を可愛がっていた。

 光一郎がようやく緑が浜の我が家に帰宅したその日、美鈴もオフを取り付けて、はじめて四人で夕食のテーブルを囲むことになった。メインディッシュは美鈴お手製のカレーライスだったが、付け合わせのミックスサラダは星史の作品だ。四人は近況報告を口にしながら、久々にこのダイニングでの食事を楽しんだ。星史の報告は、しばらく休校状態だった緑が浜小学校も来週から授業が再開されることだ。

「六年の三学期なんて、まともに勉強してないような気がするけど、とりあえず三月の卒業式はちゃんとできるらしいよ」
 と、星史はほっとした顔を見せた。しかし、星史が学校へ行ってしまうとヤンチャーは昼間一人になってしまう。

「ヤンチャーくんも学校へ行く?」
 美鈴の言葉に、ヤンチャーはごくん、とカレーライスを飲み込んだ。
「学校? 行ったことがないからなぁ……」
 星史も負けじとサラダをもぐもぐと食べてしまって、口を開いた。
「お前来たことあるじゃん。教室の窓ガラスは割るわ、ひかるとぶちゅうー☆ってやるわで大騒ぎだったじゃんか」
 にたーっと目尻を下げて笑う星史に、美鈴は目を見開いた。
「まぁ、そんなことがあったの?」
「余計なことを言うな、このバカ。俺が言ってんのは、学校などというところで学問をしたことはないということだ」
「チビだから、まだ学校へ行く年じゃなかったか?」
「そーじゃなくて、俺には家庭教師がついていたんだ」
 ヤンチャーの心持ち押さえた口ぶりに、星史はまばたきをした。
「あそっか、お前見えないけど王子だったっけ」
「見えないけど、が余計だっ。」
 フン、とヤンチャーはそっぽを向いたが、思うところがあるのかぶんぶんと頭を振ると、カレーの続きを食べ始めた。そんな少年を黙って見ていた光一郎が、静かに声を掛けた。

「で、学校へ行ってみるかね?」
「そーだなぁ。行っても良いかな。」
 素直に光一郎に応じるヤンチャーに、星史がかみついた。
「行くってお前、こないだやっとひらがなとカタカナの区別がつくようになったのにぃ」
「海外から日本に来たばかりの子供だって同じだ、すぐに慣れるさ」
 そう言う光一郎に美鈴も同意してみせた。
「そうね、分からないことがあったら星ちゃんが教えてあげれば良いのよね」
「へぇへぇ。」
 二人にそう言われては仕方がない。星史が片手を挙げて降参すると、光一郎は目蓋を伏せた。
「じゃ、手続きをしなくちゃいかんな。私がなんとかしておこう」
「父さんが?」
 『忙しいのに?』と言外に含ませた星史の物言いに、光一郎は息子の瞳を見てうなづいた。
「父さんでなくては役所も通さんだろうからな」
「……はぁ?」
 思いっきり脱力する星史を尻目に、光一郎は一人笑っていた。
「貴方ったら、」
 美鈴もくすくす笑い出して、ヤンチャーと星史も目をぱちくりと見合わせながら、笑いの輪に入ることにした。
 高杉家のダイニングには、幸せな時間が流れていた。
(つづく)


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