Camille Laboratory Top機動新世紀ガンダムX>創作小説>星の降る夜

 テクスは、震えるジャミルの肩を抱いた。20歳になっていて、この劣悪な環境下にあっても一人前の大人の体になっているのに、今ここに居るのは15歳の少年でしかなかった。とめどなく流れる涙を拭ってやって、テクスはつとめて優しい声を掛けた。
「でも、そうすることはお前に出来るのじゃないか」
 ジャミルは、顔をあげた。
「もどかしく思うのは、お前には仕方のないことかも知れない。だがなジャミル、お前には思いを馳せることが出来るんだ。その上で今のお前にだって出来ることはある。大切なのは、忘れないことなのじゃないのか?」
「忘れないこと……?」
「確かに、忘れてしまうことの方が良いこともある。しかし、何もかも忘れてしまっては、お前の場合には先に進むことにはならないのじゃないのか。」
 闇に紛れてジャミルを苛む悪夢の記憶。普段忘れようとしているからこそ、その抑圧された記憶が浮上する機会を伺いつづけているのだ。ならば、それに打ち克つためには、忘れては何もならないのだ。

「それは、そうだけど。」
 ジャミルはテクスから身を離して、手の甲で目をこすると、何かを振り切るように空を見上げた。雲間には、また火星が見えている。軍神の名を抱くその星を挑むように見据えて、彼はテクスに向き直った。
「分かったよ、ドクター。俺は忘れないでいる。空が戻って来て、平和な時代になったとしても、俺は忘れないでいる。俺達みたいな経験をするのは、俺達だけで沢山なんだ。」
「そうだな、でもあまり無理はするなよ」
 ぽん、と優しく肩を叩いてくれるテクスの手の感触に、ジャミルはすっと気負いがなくなるのを感じた。焦ることはない、出来る範囲でやれば良いのだと言われたようで、気が楽になったのだ。しかしそうしたら、何故か込み上げてくるものがあった。改めてこの年嵩の医師の顔を覗き込むと、その眼鏡の奥の瞳と視線が交差する。そのジャミルの表情に、テクスは訝しむような声を掛けた。

「どうしたんだ?」
 ジャミルは、テクスの肩に顔を埋めた。そしてそのまま首を横に振って、くぐもった声で答えた。
「もう、二度と泣かないから。これで、泣くのは最後にするから――」
「分かったよ、」
 テクスは片手でジャミルの背中を抱いてやった。風が吹いて体温が奪われていくが、こうしていればお互いに温かい。何時の間にか背丈が同じくらいになっているこの6歳年下の男が、自分で最後だと言った涙を流している。ジャミルの頭越しに空を見遣ると、また一つ、雲間を流星が滑っていった。まるで涙のように、それはテクスの目には映った。彼は心の内でそっと願い事を唱えると、そのまましばらくその場で暗い空を眺めていた。

(9912.16)



あとがき

 医者と艦長のAW0005話です。本当はクリスマスネタのつもりで書き始めたのに、まるでそーゆー話ではなくなってしまいました(^^; ジャミーの20歳というのが全然想像付かなくて困りましたが、口調はときた版外伝(『ニュータイプ戦士 ジャミル・ニート』KC第3巻収録。必読)に準じる格好で、この日を境に一人称の使い方を変える……のかな?とか何とか。ジャミーにしては前向きな発言をしておりますが、その後の紆余曲折とゆーのも書いてみたいですね。ジャミーがなんでバルチャーなんてお仕事を始めたのかとか、サングラスを掛けはじめたきっかけとか。医者は何だかずーっとマイペースな人という印象があるんですけど、何だかウチの医者ってばジャミーに甘すぎるような気がいたしまする〜。


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