Camille Laboratory Top機動新世紀ガンダムX>創作小説>星の降る夜

「まただ、」
「願い事は?ドクター」
「言いそびれたな、次に見たら何か――」
 そうジャミルにテクスが応えるそばから、また一つ星が流れてゆく。
「やれやれ、今夜は流星群の極大日だったか?私は詳しくはないんだが」
「俺もそう覚えてはいないんだけど……」
 そう言いかけたジャミルが口をつぐむ。テクスはその様に不安を覚えて、ジャミルの肩に手をやった。
「どうした?」
「極大日だとかそういうのじゃない、多分ずっと流星は降っていたんだ、雲の上で。」
 ジャミルの声は低く、微かに震えているようだった。再び天を仰ぐ彼の目は遠い。
「あれはみんな戦争が残したものなんだ。戦いの記憶が、この星に降って来ているんだ。」
 確かに、あの空が落ちた日の戦争――コロニー落としを巡る攻防では、衛星軌道の付近の空域までが戦場になった。地球めがけて何十基と降り注いだスペースコロニーの中には、落下中に分解してしまったものも多い。撃墜された数多くのモビルスーツ、破壊された人工衛星、戦闘空域で沈んだ宇宙戦艦――それらの残骸が、戦争から5年経った今でも地球の周囲に夥しく漂い、それらが地球の重力に捕まって落下する様が、流星としてこの目に映るのだとジャミルは言うのである。

「確かにそれはそうかも知れないが、」
 言いながらテクスはジャミルの表情を伺った。ジャミルは天を仰いだまま、彼の頬には伝うものがあった。
「分かってるんだドクター、それはもう仕方のないことだ、取り返しのつかないことなんだ。」
「じゃあ何を――」
 ジャミルは、その目に見える流星から想像できる事柄そのものを悲しんでいるのではないらしい。テクスの問いに、彼は両手で耳元を押さえたまま首を激しく振った。
「そのことは分かる、でもそれは分かるってだけで感じられることじゃないんだ。」
「どういう事だ?」
 両手を頬まで下ろしてうつむいたまま、ジャミルはぽつりと答えた。
「聞こえないんだ、声が。」
 テクスは黙って、ジャミルが言葉を継ぐのを待った。
「俺は――ドクターが言ってたじゃないか、今はショックが大きすぎて俺自身が拒んでいるだけのことだって。そう思ってた、だから治ったらまた元に戻るんだって思ってた。でももう駄目なんだ。」
 5年前の戦争で、ジャミル自身が引いた銃爪が数多の命を奪う結果になってしまった。彼には、それらの命の叫びを感じ取れる能力があったばかりに、それを全身で受け止めようとしてしまったのだ。それが彼の心の傷となり、戦いに疲れ果てた時には、彼のその能力は失われていた。テクスは、精神波動の受容過多だと診断し、時間だけが彼を癒せるのだと言った。いや、テクスにもそう言うしかなかったのだ。ジャミルのような特殊な能力を持つ者――ニュータイプ――の臨床例など、数えるほどもないものだからだ。
「聞こえなくなってしまったと言いたいのか?それはまだ分からないだろう?」
 確かにあれから5年の月日が流れた。しかしまだジャミルの傷は癒えていないのだ。時折悪夢が彼を襲うのか、夜半にうなされていたり、すすり泣く声を聞くこともある。そんな時、テクスに出来ることといえば、その手を取ってやって落ち着くまで見ていてやることくらいのものだ。それでもジャミルは朝になれば起きだして、テクス一人ではままならぬ医院の仕事を切り盛りしてくれていた。動いていれば忘れていられるあの忌々しい記憶は、今でもジャミルの心に厚い雲となって立ちこめているのだった。

「いや、分かったんだ。目では見えるのに心ではもう感じ取れない、彼らの声は届かないのだって。俺にはもう、ただ思いを馳せることしか出来ないんだ。」

 あの頃――ジャミルはその能力の故に戦争の道具にされていた。超常的な状況判断能力を持ち、誰よりも早く敵意を感じ取り、自らの分身であるモビルスーツを操ってその敵の戦闘能力を奪う、戦士として。その能力は戦争には都合が良いものであった、だから彼はエースパイロットとして前線で戦い続けることになったのだ。しかし、同じ能力を持つものと出会った時、その心と心が触れ合った時に、彼らはその能力の別の使い方を知ってしまったのだ。あらゆるものを見透かせる力、それは彼らに刻を見せた。それはあるべき未来の姿なのだとジャミルは思っている。この能力を使えば、未来を開く事が出来るのだと。だから、能力を失ったとなれば、彼の前に未来はなくなってしまうのだ。ジャミルは、それを恐れたのだ。


back ◆ 3/4 ◆nextTop機動新世紀ガンダムX