Camille Laboratory Top機動新世紀ガンダムX>創作小説>星の降る夜

「今夜は冷えるな……この風のせいか?」

 厚い雲のおかげで日中の気温はさほど上がらないが、夜に酷く冷え込むということもない。どんよりとした空の重さは心にも伸しかかり、変わり映えのない景色は気分まで停滞させてしまう。それだけに、ようやく感じられるようになってきた日中の暖かさが、医師としては何よりの救いに思え、この時代に生きるものの一人としては、こんな夜にはそれが恋しく思えてならないのだった。そんな気持ちがつい天を仰がせて、彼には珍しく驚きの表情を作らせた。テクスは医院に戻ると、寝床のジャミルを揺さぶった。

「起きろ、ジャミル」
「ん……ん?何?ドクター、」
 二・三度瞬きをしたジャミルは寝ぼけた様子もなくテクスに応えた。少年の頃に軍隊で訓練を受けた経験がまだ生きている。そんなジャミルに、テクスは笑顔を作ってみせた。
「来てみろ、星が見えるぞ。」
「星が……?」
 ジャミルは目を丸くして、ベッドから飛び起きた。

 戸外に飛び出して目を凝らす。今夜はやけに風が強く、厚い雲も切れ目が出来て、そこから夜空が覗いているのだ。奇跡のようにぽっかりと、上空の雲も突き抜けて、明るい星の光が届いていた。

「あの色は火星かな……よく見えたもんだ」
 ジャミルの声には明るさがある。少年の頃の彼の声の響きに似ているなと、テクスは思い返していた。
「火星か。なるほど、それだけ明るかったから私にも見えたんだな。」
 テクスは5年前から使っている眼鏡に手をやった。満足な明りも得られない状況で目を酷使しているから、どれだけ気を付けていても度が進んでしまっていた。しかしこの、物の満足に得られない現状では、新しい眼鏡など作ってはいられなかった。

「それもあるかも知れないけど、他の星はやはり見えてないよ。」
 ジャミルの目は幸いに良い視力を保っていた。5年前の戦争で左目に大きな傷を負ったものの、その際の処置が良かったために、顔に傷を残したとはいえ目には問題は残らなかったのだ。その執刀にあたったのが他ならぬテクスだった。地球と宇宙を巻き込んだ第7次宇宙戦争に地球連邦軍の兵士と軍医として従軍していた二人は、双方の軍が戦闘を続けられなくなったが故に戦争が「終結」をした5年前からずっと一緒に暮らしていた。テクスは医療活動の傍らで、精神障害を抱えてしまったジャミルの世話を続けてきていたのだ。それが、ジャミルを戦場へ送り出した自分に出来る贖罪であるかのように、 彼はどこかで思っていたのだ。

「そうか、それは残念だな。やっと見えたのがただ一つの星とはな――」
 そう応えながら空を見上げていたテクスの目に、夜空を滑る軌跡が映り込んだ。傍らでジャミルが驚いた声をあげた。
「流れ星だ!」
「あぁ……」
「一つじゃなくなったね、ドクター」
 ジャミルはテクスに笑ってみせた。テクスは『そうだな』と応えて、そのままこんな話を切り出した。

「知っているか?流れ星が消えるまでに三回願い事を唱えると叶うという話。」
 ジャミルは微かに鼻で笑った。
「知ってるさそのくらい。俺が子供の頃、友達で『カネ、カネ、カネ』と唱えてコインを拾ったという奴がいてさ、しばらく流行ったんだ」
「それは良いな、」
 テクスは声を立てて笑った。
「あの頃は、空ばかり見てたからな」
 ジャミルがまた天を仰いだ。テクスはそんなジャミルの横顔を見て、自分もまた空を見遣った。
「そうだったのか、」
「でも、そういえば空なんて見るのは久しぶりだな」
「見上げてもこう憂鬱な空では無理もないだろう」

 雲間が場所を変えて、火星すら見えなくなった。それでも、二人は並んだまま空を見上げていた。また星が見えるまでは見上げていよう、そんな気持ちが二人をそこに居させていたのだ。そんな二人の視界を、また流星が横切っていった。


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