Camille Laboratory Top機動新世紀ガンダムX>創作小説>夜来香

 ルチルが服を着るのを待って、二人は夜の森を歩き始めた。キナにはどうにも追いつかない。飛んで帰ってしまったようだった。
「あの花にはね、伝説があるのよ」
 ルチルは、そんなことを言った。
「伝説?」
「そう。昔中国で戦争があって、ある城を占領した軍隊があったの。ところが、その城には夜来香が植えられていて、その香りに包まれてしまった兵士は、夜のうちに戦意を無くしてしまったの。翌日戦いが再開しても、彼らは結局城を追われたのだそうよ」
「戦意を無くす香り?」
 湖で倒されたという少年は、きっとあの花の香りに酔って自分から転んで倒れでもしたのだろう。魔物の正体は、ともかくとして。
 思案顔のジャミルをよそに、ルチルは穏やかな声音で応えた。
「凄く、穏やかな気持ちにならなかった? 今も戦争が続いていて、ここは軍事施設なんだってことを忘れそうなくらい」
「それは──」
 軍人として、彼女は危険なことを言っているとジャミルには思えた。それはこの研究所で受けた訓練からすれば、当然の判断ではあった。
「ここには相応しくない花なのかもね」
 ルチルは、ぽつりとそう言った。

 彼女と別れて、こっそりと自室へと忍び込む。暗い部屋に入って息をつくと、ベッドの中の影がもぞもぞと動いた。
「ん……ジャミル?」
「起こしたか、キナ」
「ううん。無事だったの?」
 ふわぁ、と大あくびをしながら、キナが尋ねた。
「まぁ、何とか。お前こそ、大丈夫か?」
 よく見るとあちこちに擦り傷を作っているルームメイトに、ジャミルは心配そうな声を掛けた。
「無我夢中で走って帰ってきたから……最短記録を作ったよ」
 口の端を上げたキナの笑顔が、ジャミルには嬉しかった。
「そっか、じゃ、次は俺が勝たなきゃな」
「とりあえず、明日にしてくれよ。おやすみ、ジャミル」
 言うなり、キナは寝息を立て始めた。ジャミルは小声でおやすみと返すと、自分のベッドにもぐりこんだ。

「明日、か……」
 ジャミルは、ルチルに聞かされた夜来香の伝説を思い出していた。
 ──翌日の戦いでは、兵士は戦意を無くしてその城を追われたという。
 別に、俺はそんなことはない。明日の訓練メニューでは、きっとキナにも、誰にも負けない。その自信はあった。
 だが、あの湖で、飛んで逃げ帰ったキナを追えずに、留まってしまったのは何故なのか。夜来香のせい? いや、そうではない。ルチルその人のせいなのだ。

『ここには相応しくない花なのかもね』
 そうつぶやいた、彼女の声が脳裏に甦る。
 その言葉は、花のことだけを語っている訳ではないと、ジャミルには思えた。

 その夜からしばらくして、ルチルは研究室から姿を消した。彼女の消えた泉のそばでは、夜来香が枯れた花を静かに風に揺らしていた。

(0208.07)



あとがき

 李香蘭などの歌で有名な花ですが、この曲で歌われているのはテューベローズ、別名「月下香」(ヒガンバナ科)だそうです。こちらの方がGXには似合うかとは思うのですが、伝説付きの「夜来香」(ガガイモ科)の方を今回お題にいただきました。いえ実は、歌の方から調べていたら伝説の方へ行き着いて、あ、ルチルさんが居たとばかりに。
 さてルチルはともかく、キナはご存知じない方もみえるかもですね。ときた版KC第3巻収録の外伝「ニュータイプ戦士 ジャミル・ニート」に登場する、Gファルコン・デルタのパイロットの少年です。一応ちゃんとサンライズの設定画があるキャラなので、本当はアニメで見たかったのですが。
 今回初めて書いたキナですが、この前後の第七次宇宙戦争の話もいつかちゃんと書きたいなぁとは思ってます。ところでキナの「僕何も見てません」はこういう場面でのお約束だと思うのは、特定の年代に限られるネタかもですね。


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