Camille Laboratory Top機動新世紀ガンダムX>創作小説>落日

 だが、彼は良い意味で15年前から変わっていなかった。あの日、かつて戦場で最後に見た時のように同じガンダムに乗って現れた彼は、最大の理解者であるという自分の感覚を裏切らなかった。何の前置きもなく、二人は同じ目的のために共闘した。そしてD.O.M.Eで初めて顔を合わせた折には、どちらからともなく自然と手を差し出した。D.O.M.Eで明かされた真実が、二人を15年縛ってきた幻想から解放し、新連邦軍と宇宙革命軍の双方と月基地が壊滅的な打撃を受ける激戦の果て、15年目の戦争は終わったのだ。

 ランスローは、書類に目を戻した。始めてしまった戦争は終わらせなくてはならない。戦争は、やっている最中より後始末の方が大変だとランスローは改めて思い知った。今は事務レベルの協議でしかないが、いずれ自分も調停の場につくことになるだろう。その時に、良い意味で15年経って変わっていたジャミルに笑われることのないように、誇りを持って仕事が出来るだろうか。そんなことばかり、考えていた。

 失ったものは多すぎた。多くの人命が奪われ、軍備は壊滅しクラウド9は裸同然だった。そして市民は「ニュータイプ主義」の敗北に少なからず動揺していた。勿論、D.O.M.Eの真実が公にされたというのではないのだが、あの戦いの結果はそれを明白に語っていたからだ。自分自身、ニュータイプなど幻想だと思い知って清々した部分と、まだどこか揺らいでいる部分とでないまぜだった。能力を失い、どこか冷め、どこか諦めながらも革命軍に身を置き続けた自分が、地球との和平にあたるには『それでもこのコロニーを守りたい』と言えるだけの理由が必要だった。それが夕暮れの美しさ、では……ロマンチストと言われても仕方のないことだ。

 それでも、この夕暮れは美しいと、ランスローは思った。今ジャミルが何処でどうしているのか、ランスローはやはり探そうとはしていなかった。それでも彼が生きていて、自分と同じ物を見ていることはどこかで分かっていた。彼が見ているだろう地球の夕暮れは、美しいのだろうか。いつかそんなことを話せる日も来るだろうかとも思いつつ、ランスローは夕暮れを眺めていた。


(0112.28)



あとがき

 GXの小説は、基本的にお話のブロック(「第1部」とか。 こちら 参照)毎に、順番に書いているのですが……ちょいとイレギュラーに突然ランスロー話です。しかも本編最終話ラスト5分のエピローグ直前あたりということで、ぎりぎり本編中だという。ほんと短いモノローグ話なんですが、「2001年」という年のことを色々考えていたが故のものではあります。

 何というのか……クラウド9の人が体験した「15年目の戦争」の敗北ってそりゃもう凄いものがあったんじゃないかと思う訳でして。被害がどうとかいうよりも、精神的なもので。それは、かつて「十五年戦争」の敗戦を迎えた国民のものとは勿論違うものではあるのだろうけれども、そこから想像するしかない訳で。「神様が神様でなくなった」と「ニュータイプが人類の革新でなくなった」を同列にする方がどうかしているのかも知れませんが。

 「2001年」という年は最初から最後まで「宗教と戦争」が付きまとったものなだけに、「何故宗教が戦争に利用されるのか?」ということを、足りない頭使って考えていて、ふとここにたどり着いただけなんですけど。うーんこれは本当はもっと真剣に考えて書きたいようにも思いつつ、じゃ、ジャミルはこの時どんな夕暮れを見ているのだろうとも思ったり。いやはや、ランス郎書けてよかったですよ(^^)←結局それかい!

 ところで、今回初めて "(on) cloud nine" の意味を知りました。辞書は引くものですねぇ。


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