Camille Laboratory : ZEGAPAIN Topゼーガペイン>創作小説>girl meets boy 年下の男の子

 舞浜時間の六月十三日。サーバーの環境調整が大枠で済んで、シズノは試験的に舞浜に降りた。リブートしたばかりのキョウはまだ回復途上にあり、シズノが会う段階ではないと判断された。だからシズノは初めに、舞浜に降りるのならやってみたいと思っていたことをすることにした。舞浜南高校のたった一人の水泳部員のキョウが言っていたのだ、考えがまとまらないときには、一泳ぎすればすっきりすると。

 屋根が開放されたプールの上、舞浜の作り物の青空がやけに眩しい。
 この空の下のどこかに彼が居る。そう思うだけで、シズノの胸は高鳴った。
 ──早く貴方に会いたい、キョウ。


「よーこそー! 舞浜南高校水泳部へ!」
 頭上の青空に溶けるような、その爽やかな声に、シズノの鼓動は跳ね上がった。
 まさか。いや、間違えるはずはない。
 片時も忘れることのない、愛おしい彼の声だ。
 シズノの胸中の呼びかけに応えるように、キョウはその場に現れたのだ。

 すらりとした肢体の鳶色の肌には水着と水泳帽だけを身に着けて、ゴーグルは額の上に上げられて、明るい色の瞳がこちらを見上げていた。プールサイドに居る彼は間違いなく、飛び込み台の上に居るシズノを見つめていた。
 環境調整はまだ半ばで、シズノの幻体データは舞浜サーバーの一般の幻体の目には映らないはずなのに。彼は既に、シズノの姿を捉えることができる程度にはセレブラントとして回復しているようだ。──しかし。

「君、名前は?」
 その無垢な響きの彼の言葉に、シズノは愕然とするしかなかった。

 彼に会ったら最初に言おうと思っていた言葉などどこかへ消えていた。シズノの口からは、今の彼に対する言葉がとめどなく溢れてくるのに、きょとんと瞬きをする彼にはシズノの声が届いていないようだ。シズノはいたたまれずに、揺れる水面へ向かって身を投げた。


 やはり彼に会うのはまだ早すぎたのだ。シズノは、思いがけない再会に動揺していた。だが事態は二人に時間を与えてはくれなかった。キョウを今すぐこの世界へ──現実へと導かなければならない。
 私の声が聞こえたら、この世界を救って。
 シズノは祈るような気持ちで、彼が応えてくれるのを待った。彼が求めてくれさえすれば、彼は世界の扉を開く鍵を再び手にすることになる。

《セレブラントモードの起動を確認》
 タルボの報告と同時に、シズノははっと顔を上げた。キョウが自らサーバーにアクセスしてきたのだ。彼はその通りに意識していないのだろうけれど、サーバーは彼に応えて動き出した。彼の求めるものを、与えるために。
 シズノの額にセレブアイコンが開いて、彼が扉の鍵に手を触れたこと──キョウのセレブアイコンが開いたことを知らせてくれた。それは、彼がシズノを求めてくれたということ。

「来たか。ならば、手はずどおりに」
 そのシマの命令に、レムレス以下のAIがオケアノスのブリッジから姿を消した。
「私も行くわ」
 司令席の脇でそう言うシズノの顔を、シマが見上げた。
「イェル」
 黙ってシマを見返すシズノに、シマもただ頷いた。シズノはその場から光となって消えた。舞浜サーバーで待つ、キョウの元へと。

「やっと私の声が聞こえたわね、手間の掛かるひと」
 AIに取り囲まれた後、シズノの姿を目にして驚きを隠さないキョウに、シズノは思わず微笑んだ。確かに彼は、何も知らない年下の男の子そのものだ。彼がこんなに可愛い顔をするなんて、シズノは今まで知らなかった。シズノが愛した彼とは、姿形は同じなのに、まるで別人のようにも見える。
 それでもこの彼にシズノの声が届いたのは、彼がシズノを求めてくれたからだ。それはシズノの思い込みではないと分かっているから、シズノの体の中が熱くなる。それはかつて彼と通い合わせたものと同じデータ。

「あんた、幽霊?」
 そうシズノに問うキョウの言葉はある意味正しい。だがその本当の意味を今の彼は分かっていない。でも彼がソゴル・キョウであることには変わらない。だから自分に触れてほしい。かつて彼がそうしてくれたように。シズノはおもむろに彼の手を取った。
「試してみる?」
 彼の手を自分の胸元に押し当てる。彼と再会したプールの飛び込み台へテレポートして、シズノは改めて彼に問い掛けた。この世界を、救ってくれるのかと。それに対する彼の回答は、意外なものだった。

「じゃ、水泳部のPRビデオに出てくれる?」
 頬を赤らめてそんな条件を出す彼に、シズノは目蓋を伏せて薄く笑った。──何を言い出すのかと思ったら、そんなこと。以前の彼も水泳部のことは何度か話してくれたけれど、こういうことを言うような人だったかしら。キョウの表情も言葉も可愛いとは思いながらも、シズノは回答を保留した。

 シズノは自分とキョウのセレブアイコンを開くと、彼の手を取ってプールの飛び込み台から宙に舞い、彼の体を抱き込んで水の向こう側へと誘った。腕を回した彼の背中の肉付きの逞しさが、何とも愛おしい。彼の体の重さが胸に掛かるのが、何だか心地良い。胸元に抱いた彼の赤い髪の、懐かしい匂い。自分の腕の中に彼が居る。そのことがシズノにとって歓喜以外の何物でもないことを、早鐘を打つこの胸が、直接彼に教えてくれないだろうか。

「Time to play the game. ──ゲームの始まりよ」
 こんな風に始まる二人の関係があっても良いかも知れない。シズノはふとそんなことを思った。この後彼が目にするものを思えば、イリエが言ってくれたように、シズノが彼を巧く操縦するしかないのだ。シズノは、心を決めた。
「転送開始。エンタングル!」


 オケアノスから量子転送されたゼーガペイン・アルティールのコックピットで、シズノの前には見慣れたキョウの背中があった。リブートしたばかりの彼に違和感を与えないようにとの配慮で、キョウの幻体データへの、転送に関わる情報の入力は極力不可視属性とされた。シズノとプールに飛び込んでから、水中でゆっくりと瞬きをする間にこの場に現れたように、彼には思えたはずだ。

「ようこそ、ゼーガペインへ」
 今度は、迎えるのはシズノの側だ。こちらを振り向く彼の顔に微笑を向けて、シズノは問われないまま自分から名乗った。
「ミサキ・シズノ。どう、量子テレポートした気分は」
 彼はその問いには答えず、こんなことを呟いた。
「質問、していいかな」
 何も知らない彼の疑問は当然のことだ。一つだけなら、と応じるシズノに、彼は尋ねた。

「どうして昼間、プールに居たんだ」
 彼の頭には水泳のことしかないらしい。泳ぎたかっただけだとシズノは答えた。これはゲームだと告げると、彼は『ありえねぇ』と一蹴する。だが眼前の敵を彼は捕らえた。
「やってくれる?」
 キョウは右手をコントロールグリップから離すと、胸元に当てた。シズノもよく知っている、気持ちを集中する際の彼の癖だ。彼は前を向いたまま静かな声で告げた。

「ビデオに出てくれんなら」
 彼の思考はどうしてもそこから離れないらしい。──なるほど、これが水泳バカっていうのね。呆れていいのか笑っていいのか、ともかくシズノは微笑むことにした。

「いいわ。ゼーガペイン・アルティール、起動!」
 これからのことが思いやられるけれど、この状況の中で彼が落ち着いてくれているのはありがたい。どこまでも年下の男の子として振舞う彼に、シズノも彼をそのように扱うことにした。

 まるで彼らしくない言動に振り回されそうになるのを逆に振り回し、ぎこちなくはあっても彼らしい動きの片鱗を覗かせるのに胸をときめかせて、シズノはその戦闘を終えた。
 リブート後のキョウの初陣は、何も知らない年下の男の子にしては上出来の部類と言える。それはかつての彼を知る者にとっては、彼が帰ってきたということに他ならなかった。たとえ彼が、まるで別人のように変わってしまっていたとしても。


 これからこんな日々が続くのか、彼であって彼でない彼に、胸を熱くさせて、密かな痛みを刻み込んで。それでもそこに彼が居るのなら、そばに居たい。──けれど。

 そんなことを考えながら、シズノは舞浜南高校のプールの水の中をたゆたっていた。世界の何もかもが揺らめいてみえる、その水面から、彼が近付いてくる。見開いたシズノの瞳に、その姿ははっきりと飛び込んできた。
 シズノは彼に向かって水を蹴り、暁の光の差す水中で彼の体を抱き寄せた。
「お帰りなさい、キョウ」
 そう告げて、シズノは自分から彼に唇を重ねた。かつて彼がそうしてくれたように、あの時と同じ熱さが、二人の触れあう部分から通いあった。彼の戸惑いも勿論、シズノに伝わってくるけれど。そんなことさえおあいこで。


 ここから全てが解けていけばいい。まるで童話だけれど、このキスで魔法が解ければいい。彼がシズノを暗闇から解放してくれたように、彼の記憶の闇が払われればいい。
 今すぐにという訳にもいかないだろうことは、勿論シズノも分かっている。
 でも、いつかは思い出して、私の名を呼んで。
 それまでは、何も知らない年下の男の子の可愛い顔を見せてくれていてもいいから。
「信じているわ、キョウ。また、会いましょう」
 その言葉を残して、シズノはキョウの前から姿を消した。


 それから、舞浜時間で一週間が過ぎた。プールで姿を消したシズノを、キョウは探し続けていた。
 だがシズノはその頃、オケアノスで拘束されていた。舞浜サーバーへの影響が大きすぎたのだ。シズノにしても、あのキョウにどう対処すれば良いのか、年下の男の子の扱いを考える時間が欲しかった。

 舞浜南高校のプールサイドで、キョウは中学時代の水泳部仲間のカワグチ達と衝突していた。中学の頃の県大会でキョウが起こした事件が元で、同じ高校に進学しても彼らとは喧嘩したままだった。カワグチに派手に吹っ飛ばされて水面に浮かびながら、キョウが考えたのはシズノのことだった。再び彼女を求めたキョウの想いが、シズノの拘束を解くことになった。

「約束したでしょ、世界を救ってくれるって。PRビデオ、出る代わりに」
 シャワーを浴びていたキョウの前に現れて、シズノはそう言った。自ら肌を晒してみせたのは、彼に対する想いには隠し立てすることなどないという証。
 再び二人で出撃した戦闘を終えた後のこと。舞浜サーバーの調整が完了して、シズノは舞浜に降りた。キョウとの約束を、果たさなければならなかった。


「紹介するよ、カミナギって、オレの幼なじみ。こいつ映研だからさ、PRビデオの撮影頼んだんだ」
 キョウはそう言って、栗色の髪のショートカットの女の子をシズノに引き合わせた。
「カミナギ・リョーコです。キョウちゃんが無理なお願いしちゃってすみません。よろしくお願いします」
 保護者然としてぺこりと頭を下げる、その子とキョウの間には、馴れ合った空気があった。
「ミサキ・シズノよ。こちらこそよろしくね」
 はいっと元気に答えるリョーコの笑顔は、輝いている。それはシズノには、舞浜の青い空と同じくらい眩しく感じられた。

「何でキョウちゃんがこんな美人と知り合いなの?」
 声を潜めてそんな風に囁くリョーコに、キョウはあっけらかんと答えた。
「だから言ったろ、先週プールで見掛けたって」
「またその話? まぁいっか、キョウちゃんがそう言うのなら」
 リョーコはそう言って息を付くと、追求を諦めた。その判断の早さも、幼なじみ故のものなのだろうか。

 やや遅れて、キョウと同じ制服を着た女顔の男の子がやってきた。トミガイと紹介されたその子の名前は、シズノには聞き覚えがあった。知らなかったのは、リョーコのことだけだ。


『もし甦ったとしても、多分オレは、オレじゃない』
 月面で別れる前に告げられたキョウの言葉が、シズノの耳元に甦る。
 今の彼と同じ声なのに、その響きは別人のように思える。

 確かにその通り、シズノの前に居るのは、何も知らない年下の男の子。彼のことなど、シズノは何も知らないも同然だった。──こんな可愛い、幼なじみの女の子が居たなんて。

 道理で、以前のキョウはシズノが舞浜に来ることを拒んでいたはずだ。リョーコの存在を知ったシズノは勿論のこと、シズノの存在を知ったリョーコの側も、何かしらの動揺を生んでいるのは明白だった。デジカムを構えてシズノの方をちらちらと伺うリョーコの視線には、撮影以外の意図も込められていると見えた。
 本当に彼女は、ただの幼なじみなのだろうか。シズノがリョーコに向ける視線にも、訝りを込めてしまうのは避けられないことだった。

 強く生きてくれと彼がシズノに言ってくれたのは、このことを指していたのだろうか。それともこれ以上のことがあるのだろうか。舞浜の空の下で、シズノが彼と過ごす日々は始まったばかりだった。


(0808.17)




あとがき

 #01で真っ赤なリンゴを頬張っていたキョウちゃん。忘れん坊で意地悪で、あいつは可愛い年下の男の子♪ などと滅茶苦茶に歌ってみても、ゼーガの本来のターゲット層はキャンディーズなんて知らないかも。

 シズノがキョウを呼ぶ二人称は#07以降の「貴方」がデフォルトなのに、当初は「君」と年下の男の子扱いだったのは何故だろうかと。ビジュアルファンブックでのスタッフ座談会にあるとおり、これは演出の都合だというのは分かるんですが、シズノなりの理由が欲しいなぁと思って書いてみたものです。

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