pieces of puzzle
難問の断片
the days after
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最終作戦プロジェクト・リザレクションの作戦行動が終了した後、舞浜サーバーとドヴァールカーとでは、シマ司令と彼のオリジナルの残したデータの解析に追われる日々が続いていた。
QL積層化技術、幻体修復プログラム、そして人類再生を実現するリザレクションシステム。未だガルズオルムの残存部隊が存在する以上、ドヴァールカーはその対応も任務に含まれるため、データ解析に関する舞浜サーバーのセレブラントの負担は大きいものだった。それでも、一つ一つ解きほぐされていくデータの先には確かな未来がある。そう思えば、それらは負担とは感じられない。
今はもうその姿を消してしまったシマからオケアノスを、引いては舞浜サーバーを託されたミナトは、彼への想いを支えにして、舞浜での日々を過ごしていた。
「忙しいのにわざわざすまないな、ミナト副司令。だが、どうしても見せたいものがあってな」
イゾラ司令から連絡を受けてドヴァールカーを訪れたミナトは、そこでありえないものを目にした。
「この猫は……!」
「見覚えがあるのか?」
「シマ司令の、最後の贈り物を運んできてくれた猫です。そのデータを展開すると同時に、消えてしまったのですけど、でも、どうして……」
当惑するミナトを前にして、テーブルの上のあの黒い猫は細くにゃあ、と鳴いた。猫の頭を軽く撫でて、ドヴァールカー所属のウィザードのメイヴェルが口を開く。
「これはただの入れ物デス。中身がないので、都市サーバーで普通に使われている猫のデータを放り込んだから、猫の動きをしているだけデスよ。犬のデータを入れればワンワンって鳴くはずデス。試してみるデスか?」
「ワンワンって……」
不思議そうにその猫を見ているのは、ミナトだけでなく、同じテーブルの上に上がりこんだ子犬のピエタも変わりない。ミナトは猫とピエタとを見比べて、メイヴェルのいささか常人と違うセンスの冗談に戸惑い、唇にふと指を当てた。そして猫を抱き上げて、その金色の瞳を覗き込む。でもやはり、どう見たところでこれは普通の猫だ。勿論、幻体である自分達と同様、この猫も、子犬のピエタも、量子データの塊なのだけれど。
「どこからこの猫が出てきたんですか?」
ミナトの質問に、イゾラは傍らのメイヴェルに頷いてみせて回答を促した。メイヴェルは情報戦に特化した能力を持つウィザードで、ドヴァールカーでのデータ解析チームの責任者を務めていた。
「解析中のデータに断片が紛れ込んでいたんデス。最初は尻尾が出てきて、次にネコミミ。クリアするごとにパーツを集めていくゲームみたいデシタね」
その様子を思い浮かべようとして、やっぱりやめようと思い直して、ミナトはぶんぶんと首を振った。猫をじいっと見つめたメイヴェルが、何気なく言葉を継いだ。
「尤もこの猫も、まだ圧縮ファイルという可能性もあるんデス」
「ってことは、解凍したらシマ司令になるって可能性もあるということ!?」
ミナトは猫を抱いたまま勢い良く立ち上がった。気圧されたメイヴェルは目をぱちくりさせて、こくんと頷いた。
「まぁ〜可能性はゼロではないと思いマス。パーツにはシマ司令のシグが確認できマシタし」
「それにしても肝心の中身がないっていうのはどういうことなのかしら」
目の前にあるのは、猫の形をしたただの入れ物だ。ミナトが想いを寄せたシマではない。
「同じようにデータのあちこちに紛れ込んでいるんじゃないかと思うんデス。リザレクションシステムまで全部解析したら、パーツをコンプリート! みたいな〜」
メイヴェルの言葉に、ミナトの表情に微かな陰が差した。
「解析が完了するまで、全部のパーツは集まらないということ……」
「それでも、そこに希望はある。そうだろう、ミナト副司令」
イゾラの言葉は正しい。そう思えて、ミナトは真摯な眼差しで頷きを返した。
「ワタシは良く知らないんデスけど、シマ司令ってどういう人だったんデスか?」
メイヴェルの質問に、イゾラは毅然と答えた。
「我々に輝ける未来を示した、強い意志を持った存在だ」
「私を救って、暖かな光で包んで、導いてくれた人です」
続けて誇らしげに答えたミナトに、ピエタの頭を撫でながらメイイェンが頬を緩ませた。
「ほんと、ベタ惚れですよねぇ副司令」
「だって、それが事実なんだから」
今はドヴァールカー所属となっているが、オケアノス時代からの馴染みの気楽さで軽口を叩くメイイェンに、ミナトはツンと横顔を向けた。
「二人はラブラブだったんデスか?」
無邪気に訊くメイヴェルに、ミナトの頬は真っ赤になった。それを見て取ったイゾラが、シマ司令のオケアノスからドヴァールカーに戻ってきた人物に話を向けた。
「クリスはどうなんだ、彼の下についてどう思った?」
その問いにクリスは、顎ヒゲを弄って間を取った。
「有能な司令だったのは確かだとしても……今となっちゃあ良く分かるが、当時は腑に落ちないことも多々あったな」
「だってシマ司令は肝心なことを何も言わないんですもん。お姉ちゃんも『シマ司令って酷くない!?』って言ってましたよ」
「メイウーがそんなことを?」
メイイェンがパートナーに調子を合わせると、ミナトが彼女に突っかかる。それを見て、クリスが低く呟く。
「メイウーだけじゃないだろ」
「それは、そうかも知れないけれど……」
困った風に顔を曇らせるミナトに、メイイェンがふと思惑を巡らせた。
「私達がオケアノスに居た時も、あまりシマ司令とは話さなかったんですよね。言葉少ない人だったし、以前はキョウが仲を取り持ってくれてたから」
「それは、俺達がオケアノスに行く前の、リブート前のキョウのことだろ?」
クリスの言葉にメイイェンは頷いた。
「えぇ。リブート後はあの調子だったから、衝突してばかりでしたけどね」
「それでもあいつがシズノとシマ司令を信じると言ったから、オケアノスは一つにまとまった。凄い奴さ」
クリスがそう言うのに、イゾラは薄く笑みをこぼした。今の人類があるのは、彼らのおかげだ。
「彼は……司令のことをどう思っていたのかしら」
ミナトはここには居ないその人物のことを思い、膝の上の猫を撫でた。
「シマ司令をどう思ってたかって? 何で今更。思い出文集でも作るつもりか?」
「そうじゃぁなくて、ミナト先輩が知りたいんだって」
カミナギ・リョーコはそう言って、砂浜に腰を下ろしたソゴル・キョウの顔を覗き込んで答えを待った。
「つったって、どっから話せばいいんだ。そうだなぁ」
とりあえずリョーコにどう話したらいいのか、キョウは青い空を見上げて答えを探した。よく晴れた千葉県南部の浜辺には、まばゆい光が燦々と降り注いでいた。この地上でただ一人、リザレクションシステムによって肉体を取り戻したキョウは、その光の熱さを直に感じ取り、むき出しの腕の肌がチリチリと焼けていくのさえ実感できていた。幻体であった時には感じられなかった、本物の世界で生きているという感覚をキョウが取り戻せたのは、シマのおかげだった。
「カミナギも知ってる通り、シマは人類再生のために生み出された幻体クローンだ。彼のオリジナルが感じた、現状への違和感を打破しようとする意思が切り取られて作られた人格にすぎない。だから、現実世界を取り戻す戦いに対する強烈な意思はあっても、何というか、人間味には欠けていた。余裕というものがまるでなかったんだな。だから言ってやったのさ、もう少し肩の力を抜けよって。せめて、舞浜に居る時くらいは。そうしたら、オケアノスに居る時だって自ずと人間が丸くなるだろうって思ったのさ」
「もうその時には生徒会長だったんだ」
それはリョーコがセレブラントとして目覚めるずっと前のこと、リョーコが知っているキョウがなくしていた記憶。キョウが実体化と同時に取り戻した記憶だから、リョーコには初めて聞かせる話だった。リョーコの言葉に頷いて答えて、それこそ自分の肩の力を抜いて、キョウは話を続けた。
「そしたらさ、思いっきり力を抜きすぎたんだよな。それがあいつの融通の利かない堅物らしいところでさ。いくら何でもそりゃ極端だって言ったら、あいつ何つったと思う? 『何のことだい、ソゴル君』って、こっちが反応に困ってるのに、ずっとニタニタ笑ってやがる。こいつ、人をおちょくることさえ覚えやがったって、怒れば良いのか褒めてやれば良いのか本気で困ったぜ」
「そんなことがあったんだ」
リョーコも良く知っている、昼行灯の生徒会長。それがまさか、キョウの一言に端を発した人格であったとは。その生徒会長を相手に、キョウが水泳部を巡って散々やりあっていたのも、ある意味、この二人にとってはレクリエーションだったとでもいうのだろうか。
「その後なんだよな、シドニーサーバーから副司令をサルベージしたのは」
「えっ」
思いがけない展開に、リョーコは軽く声を上げた。シマとミナトはお似合いだとリョーコは思っていたから、あの二人は最初からずっと一緒に居たような気がしていたのだ。確かにきちんと付き合っている訳ではなかったようなこともミナトには聞いたが、本人達にそのつもりはなかったとしても、あの二人が互いに想いを寄せていたのは間違いないことであったのだし。
「生存者のサルベージはセレブラムにとっては重要な任務だ。たまたまその中に、副司令としての適格者が居たというのは幸運なことだったさ。でも、多分それだけじゃあない。あいつが、彼女を求めた。その意思が、彼女のサルベージを実現させたんだとオレは踏んでる」
「それって、生徒会長が、カノジョを欲しがってたってこと?」
「俗っぽい言い方をすればそうなるな。まぁ、他にも事情は色々あったんだろうけど」
そうリョーコに答えて、キョウは口の端を上げて微かに笑った。リョーコの知らない当時の事情は、さすがに少々込み入っている。
イェル=シズノがキョウを求めて、キョウは彼女に応えた。そうして人工幻体であるイェルがミサキ・シズノという人間になる、その様を、幻体クローンであるシマは間近で見せつけられたのだ。そんなシマが、シドニーサーバーでミナトを救い出したのは、自分もまた人として、共に歩む者とありたいという想いのなせた業なのだろうとキョウには思えた。いずれ別れが来るとは分かっていても、互いに必要とする相手と共にありたいのだと。
ただシズノとキョウを間近に見ていたにしては、シマもミナトも随分と奥手だったと見えてしまうのは仕方のないことだろうか。いや、素直にカノジョが欲しいということであれば、どんなに楽だったろうか。そうではないから、二人の距離はあんなにも微妙なものだったのだ。それでも、どちらがリードするというものでもなく、シマとミナトは共に歩んだのだ。シマが姿を消した今もきっと、ミナトの中ではそれは変わらないのだろう。今はシズノと離れているキョウと、胸の内にあるものはきっと同じような想い。
多分皆そういうことなのだろう。リョーコとキョウにしても、お互いに求め合う想いが絡み合う中に、自分達は生きている。それが、あの幻のような世界では、人としての確かな有様だった。それがキョウの得ていた実感だった。そしてそれは、この本物の世界でも同じこと。世界はそれ自体として永遠不変の存在というものではなく、ありとあらゆるものの関係によって成り立っている。シマのオリジナルが告げた『色即是空、空即是色』という言葉には、そんな意味もある。
「二人はオケアノスでも舞浜でもいつも一緒でさ、彼女は司令とあの生徒会長をよく支えてくれてたよな。って、そりゃ今になってみれば思えるだけのことで、お前の知ってるオレとは、ぶつかってばかりだったけどな」
「そうだね」
オケアノスでも舞浜でも、いつもキョウに口うるさかった印象のあるミナト。彼女のことをキョウがこんな風に語ったと知ったら、ミナトはまた、あの高い声を上げるのだろうか。
『何を言ってるの、ソゴル・キョウ!』
──そう想像して、リョーコがクスリと小さく笑うと、その意図を解したらしいキョウも一緒に笑みを浮かべた。だがキョウはふとその表情を曇らせる。
「だからオレが、シマ司令のことをどう思ってたかって副会長に訊かれても……正直、困る」
副会長、とミナトを呼んだキョウの声には不思議な揺らぎがある。そのキョウの戸惑いが、リョーコには気になった。
「何で?」
リョーコが覗きこんだキョウの瞳が明後日の方を向いた。
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