Camille Laboratory : ZEGAPAIN Topゼーガペイン>創作小説>pieces of puzzle 難問の断片

「だってそりゃ……どうでもいいだろ、この際」
 ぶんぶんと頭を振って、キョウは真っ直ぐ目の前の海を見据えた。
「──とにかく、あいつのことは信頼してた。言葉は足りないけれど、決して嘘はつかない、信じるに足る奴だった。それで、人類再生という任務を果たしたいのなら、まずお前が心豊かな人間でなくちゃならないんだって、そうオレから言ってやるくらいには入れ込んださ。だからさ、一人で勝手に消えるなって……あのバカっ」
 悔しげに吐き捨てる、そのキョウの表情に全てがあると、リョーコには思えた。

「やっぱりキョウちゃん、生徒会長のこと好きだったんだ」
「はぁ?」
 リョーコの言葉に、キョウは眉を跳ね上げた。
「だってさ、好きの反対って嫌いじゃなくて無関心だよ。衝突ばかりしていても、ずっと生徒会長のことが気になってたんだもん、やっぱり好きだったんだよ」
「そう言われても良く分かんねーけどなぁ」
 ぽりぽりと頭をかく、キョウは本気で困っているようだった。
「顔に落書きしてやるんじゃなかったの?」
 そう言うリョーコの顔は笑っている。
「だってそれは、……消えちまったんだから、無理だろっ」
「消えてないかもしれないよ」
 リョーコの言葉に驚きを隠さずに、キョウは思わず顔を近づけて彼女を見据えた。

「どういうことだ!?」
「猫が見つかったの」
「猫って……まさかあの猫か?」
 猫と言われれば、シマのオリジナルのサーバーで出会ったあの猫しか思いつかない。シマのオリジナルの元にキョウ達を導いたあの猫。あれはシマの意思だったのだと、リョーコとキョウは理解していた。そしてその猫は、舞浜サーバーにシマと彼のオリジナルによるリザレクションシステムなどのデータをもたらして、姿を消したと聞いていた。
「そう。まだ入れ物だけで、中身はないんだけど。猫の持ってきたデータを解析していたら、断片が紛れ込ませてあったんだって」
「何でまたそんなめんどくせぇことしてるんだぁ?」

 キョウは、シマが切り刻まれてあちこちのデータに紛れているのを想像しようとして、やめることにした。こういう時に、量子データである幻体というのは便利なのか厄介なのかよく分からない。
 実際リョーコも、転送事故の際に幻体データの一部がゼーガペイン・アルティールの機体に取り残されてしまい、アルティールの中でしか元通りのリョーコで居られないという事態になってしまったのだ。その後奇跡的にリョーコのデータは統合された。本当に、元通りに戻れて良かったとキョウは思う。いや、本当に元通りになるのは、これからのことなのだけれど。

 そんなことをふと考えたキョウの表情を見て取って、リョーコは少し間をおいてからキョウの問いに答えた。
「本来伝達するべきデータ量が余りにも膨大だったから、余剰データをそのままの形では格納できなかったみたい。だから、データの隙間に、断片が暗号化して織り込まれていたの。解析が進むと、パーツが揃っていくように」
「そんなことまで『織り込み済み』かよ」

 今となっては、そのシマの口癖すら懐かしい。そう思えば、この事態も彼らしい。全てのデータを解析するまで、シマの復活はない。ならばミナトは途中でデータ解析の作業を投げ出すことなどできないのだ。シマのためにも、ミナトは彼に託された任務を果たさなければならない。
 尤もミナトなら、こんなことがなくても任務を果たすだろう。でも、多少意地が悪いとも思えるこんな成功報酬があっても良い。キョウにはそう思えた。それがどんな難問であろうとも、パズルのピースを組み上げるようにシマのパーツを集めて、ミナトは彼をその手に取り戻すのだろう。それはシマの望みでもあるのだろうから。

「通常のデータサルベージとは状況が異なるから、完全にデータを統合できるかどうかは分からないけれど、やってみる価値はあると思うの」
「そうだな」
 データサルベージのエキスパートであったシズノが記憶を失っている今、ウィザードとして有能なリョーコの能力は、舞浜サーバーに居るセレブラントの中でも抜きんでているものだった。そのリョーコが、価値があるというのだ。それはシマ自身のためにも、シマに想いを寄せるミナトのためにも。そして、誰よりもシマに近い存在であったシズノのためにも。キョウの同意に、リョーコも改めて頷いた。

「でね、だからミナト先輩は、生徒会長のことを聞きたがっているの」
「副司令もルーシェンも知らない時期のシマ司令をオレが知っているから、か」
 その時期のオケアノスでのシマを知るのは、今はキョウだけだった。シズノの記憶が戻れば、より完全なものになるのだろうが。
「皆の思い出を繋ぎ合わせればきっとうまくいくって」
 そうリョーコが言うのは、皆の記憶の中に生きているシマもまた、彼を再構築するためのパズルのピースだということだ。
 司令官の冷ややかな笑みは、おそらくは自分自身にも制御しきれない熱い意思を隠すための不器用な仮面。肩の力を抜きすぎた、春の日の縁側の猫のような生徒会長は、きっとそうも生きてみたいというささやかな彼の望み。共に過ごしてきた日々の、いくつものシマの表情が、キョウの脳裏に浮かぶ。

「やっぱ文集じゃねーかよ」
 破顔一笑したキョウの砕けた言い方に、リョーコも笑みを浮かべた。
「別にそれでもいいんだけど」
「波動関数は観測者が居て初めて収束するってことか」
 キョウはふと大人びた声で呟いた。
 ──またキョウちゃんの台詞にやたらと漢字が多い。
 そう思ってリョーコは微かに眉根を寄せた。
「それでも、構わないんだけど」
「分かったよ、文集でも何でも付き合うぜ。生徒会長のためだもんな」
「ありがとう、キョウちゃん」
 聴き慣れたいつものキョウの明るい声で、その一言が聞けて良かった。リョーコはミナトの分まで、表情を輝かせた。

 浜辺を風が通り抜けていく。実際に風を受けて長く伸びた髪がなびくキョウとは違って、リョーコは幻体としてのデータの表面の感覚値が変わるのを『風を感じる』ようにシミュレートされているにすぎないのだけれど、それでも自分の髪がなびくように思えるのを払ってみせて、おもむろにキョウに尋ねた。
「私のクラッシュデータをシズノ先輩がサルベージできたのって、何故だか分かる?」
「それは……」
 彼女が、イェルだから。
 そうは思っても、キョウには咄嗟にはその言葉を口にすることができなかった。

「キョウちゃんの答えも確かに正解。でもね、それだけじゃないよ」
 無言の回答を先回りして言い当てる、それはゼーガペインのガンナーであるキョウとウィッチであるリョーコとの幻体同士の間に存在したデータリンクが、キョウが実体化した今もあるかのような錯覚を思わせるが、心を通い合わせることは、ずっと昔から想いを寄せ合う人間同士の間で行われてきたことだ。

「先輩が舞浜に来てから、先輩はずっとキョウちゃんと私を見守っていてくれたでしょ。その想いがあったから、先輩は私を見つけてくれたの。──もっと言ってしまえば、キョウちゃんに会いたいって叫んでる私を、見つけてくれたの」
「カミナギ……」
 それは多分、オレがカミナギを呼んだからだ。その二人の呼応をシズノが感じ取ってくれた。あの奇跡は偶然ではなく必然であったのだとキョウは思う。キョウとシズノの間にも、想いを繋ぐ絆は存在していたのだから。
「だから、私も見つけてあげたいんだ。シズノ先輩のこと、生徒会長のこと。二人とも、きっとキョウちゃんに会いたがってる」
「そうだな」
 オレだってあの二人に会いたい。その想いは、きっと届くはずだ。オレが、そう望むのなら。
 キョウの見上げた先には、どこまでも高く青い空があった。

「さ、今度はキョウちゃんの番だよ。さっき言いかけたこと、白状しなさい」
「何のことだ?」
 白を切って顔を背けるキョウに、リョーコは自分の顔を近づけた。
「副会長に、シマ司令のことを訊かれても困るって。どうして困るの?」
「そりゃぁ……」
「私はちゃんと話したよ」
 じぃっとキョウを見据えるリョーコに、苦りきった顔を見せてキョウは観念した。
「あーもーわぁーったよ! 聞いて後悔するなんて意味ねぇからな! 知らねぇぞ!」
「分かってるって」
 キョウは目蓋を伏せてふと息を吸うと、半ばリョーコから視線を避けるようにして一気にまくし立てた。

「……だから、あの二人はオケアノスでも舞浜でも一緒だっただろ。でも、その、オレは、舞浜にはカミナギが居るから、シズノは舞浜には連れて来られなくて、でも、結局舞浜に来させてしまって。それでお前とかシズノに、その、面倒なことになっちまって、すまねぇって……あーもう全部オレのせいなんだよ! でも、もう終わったことなんだからさ」
「まだ終わってないよ」
「それを言うなぁぁぁ」
 その冷静なツッコミに頭を抱えたキョウを見て、リョーコがどこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「よーく分かった。つまり、キョウちゃんは生徒会長に嫉妬してたんだ」
「はぁ?」
 リョーコの言葉に、キョウは眉をひそめた。
「羨ましかったんでしょ、どちらの世界でも、二人で居られて」
「そういう訳じゃねーんだけど」
 リョーコに何と説明したらいいのか、キョウは、にわかには言葉を選べなかった。
「でも結局、私もシズノ先輩も、どちらでもキョウちゃんと一緒に居たじゃない」
「まぁ、そりゃあ、そうなんだけどさ」
 そう口にしたキョウに、リョーコは微笑んだ。

「シズノ先輩に、話してあげるね。今のこと」
「そんな話をしたって」
 キョウにその台詞を最後まで言わせずに遮って、リョーコはきっぱりと告げた。
「意味はあるよ。私が話したいの。先輩の記憶が戻った時、全部知っておいて欲しいから。だって私、シズノ先輩のこと好きだもん」
 そう言い切ったリョーコの笑顔に、キョウは救われた気がした。

「さんきゅ、カミナギ」
「先輩の記憶が戻ったら、色々なことを話したいんだ。私の知らないキョウちゃんのことを聞いて、先輩が知らないキョウちゃんのことを話してあげて。それでね、キョウちゃんがどれだけバカで酷い男かって、愚痴を言い合うのが夢なんだ」
「何じゃそりゃ」
 満面の笑みでさらりとそんなことを言うリョーコの前で、キョウはがっくりと肩を落とした。それはリョーコのささやかな報復。おそらくは、シズノの分まで含めての。女というものは恐ろしい。キツイ痛みを喰らわされて、キョウはそのことを心底から思い知った。

 今もシズノの記憶が戻らないのは、これも因果というものなのだろうか。かつてキョウがシズノのことを忘れていたように。何もかも忘れた、真っ白な自分を生きてみたい。もしそうシズノが思ったのだとしたら、それはキョウにもそれこそ痛いほど分かるのだ。
 今こうして自分が感じている痛みは、かつて彼女が感じていたのと同じもの。ならばキョウはそれを、甘んじて受けるしかない。彼女が記憶を取り戻して、二人で交わした約束を果たすその日まで、その時が来ることを信じて。キョウは彼女に触れ合えないまま確かに握り合った手を見つめると、一人でそっと握り締めた。

「でもほんと良かった。まだ入れ物だけだけど、猫が見つかって。ミナト先輩も凄く生き生きしてる」
「副会長があれ以上生き生きしてたらどーすんだと思うけどなー」
 きゃんきゃん怒鳴っているか、テンションがやたら高い印象がどうしても強いミナトを思い浮かべて、キョウは表情を緩めた。
「失礼だよキョウちゃん。あ、それに今は副会長っていうか生徒会長代行だけど、次の選挙には生徒会長で立候補するって」
 舞浜サーバーのループは一年に延長されている。キョウが過ごしたことのない舞浜南高校の二学期には、後期からの生徒会役員の選挙が予定されているのだ。生徒会会則によって、三年生は立候補できない。従って、前期の副会長である二年生のミナトは、生徒会長の最有力候補なのだ。
「マジでやる気だな」
「女は強いんだよ」
 シマが命を掛けて守り抜いた舞浜。愛する人の復活の日までその舞浜を守るのは自分の役目だとミナトには分かっているのだと、リョーコはキョウに言った。

「じゃ、そろそろ行くね。元気でね、キョウちゃん」
「おう、カミナギもなー」
 実体化したキョウとは違って、幻体のリョーコが生活しているのは舞浜サーバーという箱の中だ。アルティールへの量子テレポートを利用してキョウに会いに来たとしても、いつかはサーバーに戻らなければならない。
「うん。あ、そうだ、クラシゲ先生から伝言。『消されるなこの単位、忘れるな提出期限』だって」
 それを聞いたキョウは頭を抱えた。
「げっ、そういやレポートの期限って明後日かよっ!」
「頑張ってね、こっちはこっちで試験だから」
「お、おう」
 仮想空間での定期試験も大概どうかと思っていたキョウだが、現実世界でレポートに追われるのもまた面倒なことには違いなかった。それでも、舞浜南高校の卒業証書を手にするには、やるしかない。
 キョウが取り組むべき課題はとにかく生き延びることと、現実世界でのリザレクションシステムを完成させること。そしてそれ以外にもう一つ、皆で舞浜南高校を卒業することだと、彼は心に誓っていたのだ。

「じゃあね」
「またな」
 いつもの別れの言葉を残してリョーコの姿が光となって消えて、浜辺には夕闇が迫ってくる。夕飯を済ませたら一気にレポートを片付けるか。よっしゃ、と気合を入れて伸びをすると、一番星がキョウの目に入る。
 難問は山積、でも一つ一つ片付けていこう。シマもミナトも、シズノもカミナギも、皆でこの浜辺に立って、一緒にあの星を見るんだと。そうキョウが一番星に語りかけると、新しい朝を迎えるための夜がそっと帳を下ろした。




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