Camille Laboratory : ZEGAPAIN Topゼーガペイン>創作小説

on the reset




The student council on the reset
entanglement16「復活の戦場」より




「それでは、生徒会臨時集会を始めます」
 夏休みが終わろうとする舞浜南高校の生徒会室に、ミナトの凛とした声が響く。生徒会とはいえ顔を揃えているのは生徒会長のシマ、副会長のミナト、それにイリエとクロシオだけで、他の役員は来ていない。それが臨時集会であるからではなく、他の役員が顔を出せない事情がそこにはあった。

「本日の議題は、来期のクラス編成です」
 ミナトが口にしたそれは、本来生徒会が扱う性質の問題ではない。しかし、この舞浜は量子サーバーの中の仮想世界。舞浜南高校とは、肉体を失い量子データとなった人類である<幻体>を保存するための器。生徒会の本質は、幻体が現実世界を取り戻すために戦うための組織<セレブラム>による舞浜サーバーの管理機構とも言えた。セレブラムの飛行母艦オケアノスを指揮するシマ司令が、そのまま舞浜南高校の生徒会長を務めていた。他の役員であるミナト、イリエ、クロシオも同様にセレブラムの一員<セレブラント>であり、現実世界での戦いと舞浜サーバー内での日常とを行き来していた。
 ミサキ・シズノ、ソゴル・キョウ、カミナギ・リョーコのように、舞浜南高校の生徒であっても生徒会には属さないセレブラントも居たが、彼らはシマ達のようなブリッジ要員ではなく、ゼーガペインと呼ばれる量子兵器のパイロットだった。ただしシズノは司令官に準じる立場にあったが、彼女が生徒会に属していないのには別の事情があった。

 彼らが日常を過ごす舞浜サーバーは、その処理能力の限界から8月31日の24時になると同時にリセットされ、149日前──4月4日の午前0時に時が戻る。サーバー内の舞浜南高校は、入学式から夏休み最後の日までの1学期を100回近くも繰り返していた。5ヶ月間の思い出は全てが白紙に戻り、舞浜サーバーの幻体はそうとは知らずに同じ出来事を経験することになる。だが、この世界の真実を知るセレブラントのデータはリセットのルールを外れ、記憶を残したまま4月4日を迎えることになる。通常の幻体データである生徒のクラス編成は基本的にデフォルト通りだが、セレブラントはクラス替えの対象となっていた。さすがに同じ日々を何度も繰り返すのは辛いという事情への配慮だけでなく、前期と違うパラメータを与えることで、新たなるセレブラントの覚醒を促すという目論見もあった。

「まず3年生ですが、シマ司令はC組からA組へ。イリエはA組からB組へ。よろしいですか?」
「問題ない」
 名簿に目を落としたシマが短く答えるのに、イリエも頷く。
「構わないわ」
「ミサキ・シズノは……」
 ミナトがシマの表情を伺いつつ、心持ち控えめな声でこの場には居ないシズノの名を挙げると、シマが眼鏡の奥の視線をちらりと寄越した。
「今はいい」
 そのシマの表情は相変わらず読めない。ミナトは瞳で頷いた。
「はい」
 今期の名簿では、シズノの名はB組の末尾に追加されている。シマがその位置に<削除>のチェックを入れるのを認めて、ミナトも自分の名簿に印をつけた。
「B組のイズミはそのままでいいの?」
 来期B組に決まったイリエが挙げた名前は、今期覚醒の兆候のあった幻体だ。
「イズミはC組に異動しておこう」
 シマがそう言うのに、改めてミナトは3年の名簿に目を落とす。
「A組のツムラ・サチコとB組のカノウ・トオルはそのままで?」
 ミナトが名を挙げたその2人は既に戦死している。セレブラントの死は様々な形で世界に解釈され、彼らは舞浜サーバーでは生きていることになっていた。
「いつものことだ」
 指で眼鏡を直しつつシマが低く答えて、3年生についての議題は一巡した。

「では2年生に移ります。クロシオがB組からC組へ、私はC組からA組へ。良いわね?」
「あぁ、いつものことだからな」
 何度もリセットを経験しているクロシオは、あっさりと答えた。それはいつものこと、同じことの繰り返し。どうせ生徒会室に引きこもるか、オケアノスで淡々と任務をこなすかのどちらかだ。次に何組になろうと、それはクロシオにとって大きな問題ではなかった。気紛れに出る授業中に、視界に入る女子が前期とは違うというだけのことだ。手元の2年生の名簿を、クロシオは今更のように眺め始めた。セレブラントは基本的に別のクラスに配属するというルールに則り、ミナトとは来期も別のクラスだ。ミナト以外の女子となると誰が居たのかと思えば、改めて名簿を見直すことになる。ミナトもクロシオも舞浜とは別のサーバーの出身であり、舞浜南高校に居るのは、その必要があってのことにすぎなかった。
 他に2年生について何点か議論を済ませると、ミナトは1年生の名簿を手にして、ふぅと息をついた。

「それで、1年生なんですが」
 テーブルに肘を付き口元で両手の指を組んだシマを除く全員が、その名簿に目を落として押し黙る。今期、1年生の2名のセレブラントには事件が相次いだ。ソゴル・キョウの月面での戦闘時の自爆に伴うリブートと、カミナギ・リョーコの覚醒と転送事故によるデータロスト。リョーコのデータはその後奇跡的に圧縮ファイルの断片が発見され、現在、シズノ達によってデータサルベージが行われていた。
「キョウはD組のまま。ただしカミナギ・リョーコはB組へ異動だ」
 シマが即断するのに、ミナト達は一斉に顔を上げた。リセットの度に行われるクラス編成については、通常はオケアノスの副司令と生徒会の副会長とを兼任するミナトに一任され、シマはそれを追認するに留まる。このように、シマが何らかの判断をするのは異例のことだった。しかも、まるでその言葉を用意していたかのような口振りは、異論を挟む余地を与えていなかった。

「ソゴル・キョウは異動なしですか?」
 それは、セレブラントはクラス替え対象になるというルールに反する。まして、今回はキョウにとってリブートして初めてのリセットだ。自爆してしまったキョウのデータを復元する際、意識や記憶に関するデータの欠損<ウェットダメージ>が避けられず、彼はセレブラントとして過ごした5回の夏の記憶を失っていた。リセットした後に再び巡り来る1学期は、リブートした後の彼が覚えているそのままの日々だ。通常のセレブラントの覚醒とは違うパターンで、強制的にリブートされたキョウにとって、再び1年D組で過ごす1学期。それが彼にとってどういう意味を持つのか──それを思えば、彼がリブートする羽目になった経緯を知るミナト達には、このシマの決定はキョウに対して厳しいものに映った。

「そうだ」
 威圧感を滲ませた声でそう告げる、シマのキョウへのこの冷徹な態度は普段通りのものではある。ミナトは今期の1年生の名簿を見直して、改めてシマに確認を求めた。
「カミナギ・リョーコはB組。ハヤセ・トウヤとトミガイ・ケイはどうします?」
「あの2人はそのままで良いだろう」
「了解しました」
 やはり覚醒の兆候を見せた2人は異動なしとされ、結局1年生で異動対象となったのはカミナギ・リョーコ1人となった。シマは腕を組んで目を閉じ、いつもの涼しい顔で何か考え事を始めたようだ。

「クラス分けを見て、ソゴル君は残念がるだろうな」
 イリエに話を向けてクロシオが指摘するのは、リョーコのことである。セレブラントは基本的に別のクラスというルールがある限り、シマが指示した通り、今期に同じD組だった2人は来期は別々のクラスになる。
「でも、セレブラントにとっては、クラス替えがあった方が結果的には良いじゃない」
 イリエがどこか歯切れ悪く言うのも尤もなのだが、ソゴル・キョウとカミナギ・リョーコの関係を知っていれば、ことはそういう理屈で語れるものでもなかった。2人は舞浜サーバー出身の幼馴染みであり、ゼーガペイン・アルティールにガンナーとウィザードとして同乗するパートナー同士。だがそれ以上の親密な関係が2人の間にあるのはオケアノスのクルーには明白だった。

「ソゴル君はそのままD組の上に、同じクラスにカミナギさんが居ないっていうのはさ」
「司令にはお考えがあってのことでしょう、そうですよね」
 お喋りなクロシオの話をぴしゃりと遮るようにミナトがそう言うと、シマはがくん、と頭を揺らした。
「司令っ!?」
「あ、いやつい……何の話だい?」
 どうやら居眠りをしていたらしい、そのぽよーんとしたシマの声に、ミナトは目をぱちくりさせた。
「来期のクラス編成のことですが」
「あぁ、僕は何組だっけ? ミナト君」
 生徒会室で話をしていたからなのか、シマは普段の『冷徹な司令』ではなく、舞浜南高校での日常を送る際の『気弱な生徒会長』モードになっているようだ。ミナトはいつも通り、有能な副会長としての自分を崩さずに、別人のようなシマに答えた。
「A組です」
「そうか、間違えないようにしないとな。毎回、前期のクラスに入りそうになるから」
「そうですね」
 その感覚は、同じようにリセットを経験しているミナトにも分からなくもない。力なく笑うようなシマの表情に釣られて、ミナトも困ったような笑みを浮かべた。


「貴方にも、優しい配慮が出来るなんてね」
 オケアノスの司令私室には舞浜南高校の3年生の制服を着た人物が二人。机から取り上げた来期の1年生の名簿を見ながら、ミサキ・シズノはそう呟いた。だがその文言に比して、柔らかな声の響きに皮肉は込められてはいなかった。窓の側に立ち、背中で軽く腕を組んで外の風景を見ているシマは、そのシズノの言葉には応えなかった。

「リョーコを同じD組にすれば、キョウはリョーコの居ない席を見て過ごすことになる。それは彼にとって酷な時間になるわ」
 それは、リョーコのデータサルベージを行ったシズノだからこそ言えることだった。サルベージのエキスパートであるシズノの技術を持ってしても、リョーコのデータサルベージは完全なものにはならなかった。リセットと同時に舞浜サーバーにリョーコのデータを組み込んだとしても、リョーコが舞浜南高校に登校できる状態にはない。リョーコをキョウとは別のクラスにしておくことが、却ってキョウのことを思えばこその対応だった。
「リョーコのことは、私からキョウに話そう」
 そう口にするシマに、シズノは微かに表情を緩めた。シズノは自分からキョウに告げるのは辛すぎて出来るものではないと思っていたのに、シマが先回りをしてみせたのだ。
「どういう風の吹き回しなの? 今日はやけに優しいじゃない」
「するべきことをしているまでだ」
 窓の外に向けたままのシマの表情は、変わることはなかった。

 シズノが司令私室を去って、シマは改めて来期の名簿を手に取った。そこにシズノの名は記載されていない。シズノは舞浜サーバーにとって異邦人であり、本来、舞浜南高校の生徒ではなかった。今回リブートしたキョウを再覚醒させるべく、キョウのパートナーだったシズノのデータは舞浜南高校に転校生として組み込まれた。だが、来期の舞浜南高校の生徒のデータの初期値にシズノは組み込まれない。リセット時にパラメータを設定するのがシステム環境にとっては一番都合が良いのだが、それをしないのは、シズノの意思を尊重してのことだった。名簿を机に戻し、シマは眼鏡を外して呟いた。
「優しい、か」
 そんな言葉をイェルの口から聞かされることになるとは驚きだ。シマは目蓋を伏せると、口の端を僅かに上げた。


 誰も居ない舞浜南高校の生徒会室に、静かに8月31日の24時が訪れる。
 そして同時刻、4月4日の午前0時。校内のプールでは、ソゴル・キョウが一人きりの自分を見つけて、その肩を震わせていた。





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