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■on the reset:リョーコ編

「じゃあね、キョウちゃん」
 舞浜南高校の1年B組の前の廊下で、平板な声でそう言ってカミナギ・リョーコが歩みを止めると、ソゴル・キョウも立ち止まって振り向いた。
「あ、そっか。お前はB組だったな」
「ルールだから」
「分かってる」
 キョウは短くそう答えると、じゃあなと軽く手を振って自分のD組の教室へと向かった。

 舞浜の街は、量子サーバー内の仮想空間。そこは5ヶ月の時がループする世界だ。1学期の終わり、8月31日になると、舞浜サーバーは処理能力の限界からリセットされ、人の記憶も街の姿も、149日前の4月4日に戻ってしまう。前のループまでは、キョウとリョーコは同じ1年D組だった。だが、リョーコがセレブラントとして覚醒したことから、セレブラントは基本的に別々のクラスに配置するというルールに沿って、リセット後の今期、リョーコはB組に異動になったのだ。
 だがリョーコはリセット直前の転送事故によって幻体データに障害が発生し、当初は舞浜サーバー内では意識を保てず、舞浜南高校に登校できる状態ではなかった。だが、ガルズオルムの復元者であるシンとの接触により幻体データが修復され、普通に舞浜で生活し、今日から登校できることになったのだ。ただしリョーコは元通りになったという訳ではない。感情領域は依然ゼーガペイン・アルティールに取り残され、舞浜でのリョーコには感情がなかった。

 入学前に交通事故に遭い入院していたと担任から紹介され、リョーコはB組の一員となった。感情を伴わないリョーコの受け答えに、クラスメイトの反応も遠巻きだったが、リョーコはまるで意に介していなかった。感情があれば、悲しんだり寂しがったりしたのだろう。でもそうはならないから、リョーコは何とも思わないという顔をして──実際、何とも感じていないのだから──大判のシナリオの本を広げた。

「映画、好きなんだね。それ、映画の脚本集でしょ? いつも読んでるじゃん」
 そう声を掛けられて、リョーコは読んでいた本から目を上げて、声の主を見上げた。B組の教室に、何故D組のはずのタチバナ・ミズキが居るのだろう。──そうか、これはD組のソゴル・キョウの差し金だ。舞浜南高校に入学して、リョーコはミズキと親友になる。世界はそう記述されていることをキョウは知っているからだ。
「あたし、ミズキ。タチバナ・ミズキ。どんな映画見てんの?」
「えっ……」
「あたし、マリエンバートとか結構好き」
 リョーコの記憶にある前回のループでの出会いとは細部が異なるけれど、それでもこうしてミズキとの出会いがやってきた。また二人は友達になれるのだろうか。いや、この世界ではそうなることはリョーコだって知っている。けれど、以前のリョーコと今のリョーコには決定的に異なる部分がある。それは、二人の関係に影響を及ぼすものではないのか。リョーコがそう思いを巡らせていると、ミズキを呼ぶ声が聞こえてきた。
「じゃね、カミナギさん」
 リョーコの名乗っていない名前をそう呼んで、ミズキはB組の教室を出て行った。リョーコは黙ってその姿を見送った。その視界に、キョウの姿が入り込んできた。
「カミナギ、帰ろうぜ」

「ありがとうキョウちゃん。ミズキが来てくれた」
 そうリョーコが言うと、キョウは表情を緩めた。
「そっか、良かった」
 予想通りの答えを返すキョウの表情は、はにかみながらも晴れやかだ。見慣れたはずの、キョウの笑顔。でもそれを見ても、自分には何とも思うことができない。リョーコはそんな自分を悲しいと思うことすらできなかった。ロジックでそういう判断をすることは可能だが、それはただの演算結果にすぎない。尤も量子データの塊である幻体としての自分達の持つ感情自体が、量子サーバーの演算によるものなのだけれど。
「良かったんだよね」
「良かったんだよ」
 自分に感情があれば、キョウにミズキのことで礼を言い、良かったと言ってくれるキョウと喜びを共にするのだろう。それは感情を持たないリョーコにも理解できることだから、そんな言葉を口にする。けれど、もし自分に感情があれば、今のこの状態をどう感じるのだろうか。

 リセットしてループする、149日前と同じ世界。違うのは、リセットのルールから外れて記憶が残る、セレブラントである自分達だけ。そして更に違うのは、舞浜では感情をなくしてしまった自分の存在と、そんなリョーコに向き合わなければならないキョウの立場。

 もし自分に感情があったなら、キョウに何と言いたいのだろう。
 もし自分に感情があったなら、キョウのことをどう感じているのだろう。
 リョーコはロジックでそれを判断しようとする。けれどそうして紡ぎ出される言葉を、キョウは感情を持って受け止める。
 そんなキョウが居てくれることを、自分はきっと嬉しいと思うのだろう。だけど。
 リョーコのロジックは、感情に左右されることなく、走り続けるしかなかった。


(0701.07)



 リョーコが登校を始めたのはシンによる修復直後と思われるので、こういう展開だったのかなと。感情抜きでロジックだけで動くキャラというのはままあるんですが、「感情があった」ことを知っているというのがロジカル・リョーコの特異な点かなぁ。ミズキ編と合わせてどうぞです。


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