Camille Laboratory : ZEGAPAIN Topゼーガペイン>創作小説

illusional
summer sketch
夏のスケッチ




sketch in OCEANUS
entanglement13「新たなるウィザード」より




 舞浜南高校の一年生、ソゴル・キョウとカミナギ・リョーコの目の前に、世界は二つ存在した。
 侵略者とされる <ガルズオルム> によって生物としての人類が滅ぼされてしまった現実世界と、肉体を失い量子データ化された人類である <幻体> としての自分達が日常を過ごす舞浜サーバー内の仮想空間と。
 その世界の真実を知る者 <セレブラント> として、現実世界を取り戻すために戦う組織 <セレブラム> の飛行母艦であるオケアノスに乗り込むということは、その戦いに与することを意味する。
 オケアノスに自力で量子テレポートしてくるほどの特異な才能を示したリョーコはパイロットとしての適性が認められ、セレブラムの主力である量子兵器・ゼーガペインの管制を担当するウィザードとして、操縦を担当するガンナーであるキョウとパートナーを組むことになった。

 リョーコよりも早くセレブラントとして覚醒していたキョウは、元々ミサキ・シズノとパートナーを組んでいた。だがリョーコとの舞浜での関係を考慮して、リョーコの訓練はキョウが担当するようにと、オケアノス司令のシマが指示していた。
 それは至極当然の成り行きではあった。キョウとしても、リョーコがゼーガペインに乗って戦わなければならないというのなら──それは、現実問題としての死が近付くことと同義なのだが──自分が一緒に乗ってやりたいという想いはある。だから自分のその想いを素直にシズノに伝えて、ウィザードの交代を申し入れた。そして、キョウのリアシートにはシズノに代わってリョーコが座るようになった。

 リョーコはウィザードとしての適性だけに留まらない特異な才能を発揮して、オケアノスに来た初日から新しい環境に溶け込んだが、彼女自身の順応性が高いだけでなく、一緒に居てくれるキョウのおかげで、リョーコはどこまでも自然体で振舞っていた。
 ここは、キョウが見ていた本物の世界。自分もそれを見たいと──キョウと共に見たいと思っていたリョーコの想いが通じて、リョーコは本物の世界へのアクセス権を手に入れたのだ。それがどんなに悲しく、辛い現実であったとしても、そこにはキョウが居る。キョウと一緒なら、どこまでも高く飛べる。リョーコはそう思うようになっていた。


 その日もゼーガペインのシミュレータでの習熟訓練の日課を終えたリョーコは、あくまで普通にその言葉を口にした。
「そうだキョウちゃん。夏休みの、美術の宿題、終わった?」

 訓練の報告とちょっとした打ち合わせを終えたブリッジの一角。そこに突如日常を持ち込むリョーコの声に、ミナトは訓練時のデータに走らせていた目を上げた。キョウは目を丸くしてリョーコの方を向いていた。
「宿題ぃ? ってお前なぁ、急に現実に引き戻すんじゃねーよ」
 よく考えれば、今いる世界の方が現実で、夏休みの宿題を出されている舞浜の方が仮想現実なのだが、シミュレータでの訓練を終えたばかりのキョウの気分としてはそう言いたくもなったのだ。そんなキョウには構わずに、リョーコは話を続けた。

「何だか、なかなか出来ないうちにこんな日付になっちゃったんだよね。キョウちゃんどうしたのかなって」
「カミナギがやってねぇってんなら、オレがやってる訳ねーだろ」
「よかったぁ。じゃ、一緒にやっちゃおうよ」
 ニコニコと笑顔を向けてくるリョーコに、キョウの表情もふと緩む。
「いーけどさ、美術の宿題って……どんな奴だっけ」
「スケッチ二十枚。人物と動物と静物と風景五枚ずつって」
「うわー、そんなんだっけか。やべ、すっかり忘れてた」

 キョウは気の抜け切った声を上げた。ウェットダメージなどではなくて、ただの度忘れという奴だ。ここの所リョーコに掛かりきりで、夏休みの宿題どころではなかったのだ。特に、美術の宿題というものは。
「そんなことじゃないかって思ってたんだ。でね」
「何だよ」
「クリスさんに頼んで、ピエタ、借りられないかな」
 何故ここでクリスの飼っているピエタ──リョーコが初めて舞浜でクリスに出会った際に、今は亡きクリスの妻アークが買った子犬──の名が出てくるのか分からずに、キョウは瞬きでリョーコの言葉を促す。リョーコは片手をぱっと広げた。

「動物五枚。ウチじゃ今何も飼ってないし、ピエタをモデルに描こうかなって」
「あぁ、そういうことなら」
 合点の行って顔を上げたキョウの言葉を、別の人物の声が引き継ぐ。
「お安い御用さ」
「クリス?」
 ピエタを抱いたクリスが、ブリッジにやってきた。

「ほんとに良いんですか、クリスさん」
 ピエタの頭を撫でながら尋ねるリョーコに、クリスはウインクを寄越した。
「なぁに、構わないって。可愛く描いてやってくれよ」
「はい! じゃ、スケッチブック取って来ますね。行こっ、キョウちゃん」
 ピエタを抱いたままのクリスに手を振って、ブリッジを小走りに出て行くリョーコを、キョウは慌てて追いかけた。
「ちょっ、こら待てよカミナギっ!」

 急に静かになったブリッジを、どこか重い空気が支配する。二人の出て行った方を振り返って、イリエがつい口を開く。
「夏休みの宿題って……」
「そんなの、やったって意味ないのに」
 イリエが飲み込んだ言葉を、クロシオが呟いた。二人の言葉をキョウが聞いていたとしても、それがどういうことなのかということを、今のキョウはまだ知らないでいた。

「よろしいのですか?」
 ミナトは傍らの司令席のシマの表情を伺った。確かにこの広いブリッジは、セレブラムの通常任務に関するブリーフィングだけではなく、平常時にはクルーの憩いの場としても使われる。
 だがそこで、夏休みの宿題を片付けるなどという話は聞いたことはない。いくらこのオケアノスのクルーの大半──司令のシマ、副司令のミナト、ブリッジクルーのイリエとクロシオ、そしてパイロットのシズノとキョウとリョーコの七人までもが舞浜南高校の生徒だとしても。

「好きにさせておけば良いさ」
 シマは眼鏡を外すと、軽くレンズを拭いた。
「こちらも、夏休みの宿題を片付けよう」
 柔らかいが含みを持たせた声でそう言って、眼鏡を掛けなおしたシマの視線が微かに動いた先が、ミナトの手元のレポートを示しているのに気付いて、ミナトはシマに頷いた。覚醒して間もないが高い能力を示すカミナギ・リョーコは、より詳細な観察が必要なセレブラントだった。




1/5 ◆ Topゼーガペイン