Camille Laboratory : ZEGAPAIN Topゼーガペイン>創作小説>illusional summer sketch 夏のスケッチ

『シミュレータは卒業だな』
 キョウとパートナーを組んで臨んだシミュレータでの最初の訓練で、リョーコは通常では考えられないほどの高スコアを挙げた。
 リョーコは、ウィザードに稀に現れる、ガンナーとの以心伝心を実現するデータリンクを持つウィッチだ。シマはそう考えたが、オケアノス所属のパイロットの統括責任者であるシズノは、リョーコとキョウのシミュレータでの訓練の続行を提言した。

 ウィザードのことはウィザードであるシズノが一番良く知っている。いくら舞浜サーバー内でのシミュレータと位置づけられているゲーム『ペイン・オブ・ゼーガ』と基本は同じで、リョーコがそのゲームに習熟していたとして、彼女の才能を頼りに、今クリアしたシミュレーションプログラムの内容だけでゼーガペインでの実戦に投入するには、いくらなんでも経験不足だと、シズノはまず指摘した。

『勿論、それは当然だ。卒業だと言いたくもなるくらいの逸材だということさ』
『それは私も認めるけれど』
 シマにそう答えたシズノは、シミュレーションを終えたキョウがリョーコと連れ立って出て行った扉をふと見遣る。
『以前の彼ならともかく、今の彼は』
『何をしでかすか分からない、か』
 そう静かに答えたシマの声には、以前のキョウを知るシズノに寄り添うようでいて、一方ではどこかで今のキョウを楽観的に見ようとしているような、ごく微かな揶揄を込めた響きがあった。

 キョウは以前、シズノと出撃していた月面での戦闘時に乗機のゼーガペイン・アルティールを自爆させていた。回収されたキョウの幻体データは修復された上でリブートされたが、その際に記憶面でのデータ破損であるウェットダメージを免れず、キョウはセレブラントとして過ごした日々の記憶を失ってしまった。
 以前の思慮深いキョウを知る者にしてみれば、今のキョウの突拍子もなさはまるで別人だ。シズノはキョウのリブート前の過去も、そしてリブート後の現在もパートナーを組んでいる。戦場でのキョウを誰よりも知っているのは、他ならぬシズノなのだ。そのシズノがそう言うからには、オケアノス司令としてのシマはその言葉を尊重しない訳にはいかなかった。

『……あんな経験は二度としたくないでしょう』
 そうシズノが言うのは、月面でのキョウの自爆のことを指しているのか、或いは、キョウのリブートから間もない頃に、戦闘中にアルティールのデータを奪われてしまったという、以前のキョウであれば考えられない一件のことなのか。いずれにせよ、キョウのありとあらゆる挙動に、リョーコが習熟しておくに越したことはない。

『よく分かったよ、イェル』
 シマはシズノにそう言うと、ミナトに向かって、シズノを示す眼鏡越しの視線を向けた。ミナトは感情を殆ど表に出さないシズノの表情を伺いつつ、静かに口を開いた。
『貴女とキョウの戦闘記録からシミュレーションプログラムを組むことになるけれど、それでも良いのね』
『構わないわ』
 そう短く答えたシズノの表情は、やはり心を読ませない。ミナトがちらりとシマを伺うと、そんなシズノを見ているシマの表情と不思議と似ている気がした。
 ──それは、他でもない大切な誰かを想っているものなのではないか。ミナトにはそう感じられた。

『ミナト、リョーコのデータは詳細な解析を頼む』
『分かりました』
 シマにそう答えたミナトは、自分が初めて目の当たりにするウィッチのデータに改めて重みを感じた。
 リョーコはウィザードとして単に能力が高いだけでなく、何故ウィッチとしてガンナーとのデータリンクを持ち得るのか。それはリョーコ自身の天賦の才能であることは間違いないものだろう。
 だが、彼女が見ている背中が、他ならぬソゴル・キョウのものであればこそ、その才能は開花したのではないか。舞浜サーバー出身の二人は幼なじみだという。二人の関係に、その謎を解く鍵があるのかも知れない。
 だがそれが分かったとしても、誰でもウィッチになれるというものでもないのだろう。人と人の、特に男女の仲とはそういうものだ。たとえ自分達は幻体であり、量子データにすぎないとしても。
 貴女もそれを分かっているのよね、シズノ。
 ミナトは先に出て行くシズノの背中に、そう胸中で呟いた。


「ピエタ、おとなしいんですね」
 ブリッジの公共スペースのベンチに腰掛けて、スケッチブックに鉛筆を走らせながら、リョーコが口を開いた。クリスの膝の上で、ピエタはおとなしくモデルを務めている。
「さっき食べたばかりだからな、そろそろ昼寝の時間さ」
「昼寝も良いけど、それより泳ぎてぇ」
 んっ、と伸びをすると、キョウは髪をくしゃくしゃとかきあげた。

「大体何だよ、美術系に進学するってんでもねーのにこんな宿題。ありえねぇ」
「良いじゃん、結構楽しいし」
「お前は絵とか好きだからだろ、あーめんどくせぇ」
 何とか一枚描き上げて、キョウはスケッチブックをめくった。ただの水泳バカに思われながらも、学校の成績はかなり優秀なキョウなのだが、美術の才能についてはかなり控えめなものらしい。人間誰しも苦手なものは一つくらいはあるものだ。
 そんなキョウが何故高校の芸術科目で美術を選択する羽目になったのかといえば、この件に関して彼は不幸にもくじ運に恵まれなかったのである。

「なぁ、カミナギはサイドリーダー終わったのか?」
 キョウが訊くのは、夏休みの宿題に出された英語の副読本だ。
「あんなの楽勝。言語処理サーバーにアクセスして、ちょちょいってね」
 そうあっさりと答えるリョーコの顔を、キョウはまじまじと覗き込んだ。
 量子サーバーの中で生きている幻体であり、サーバーへのアクセス権を得ているセレブラントとしての自分達の境遇に対して、リョーコの順応性の高さは尋常ではないとキョウには思えた。覚醒前だった一学期の期末試験では『しびらいぜーしょん、ぶんめい、ぶんめい』などと言って必死に単語帳をめくっていたリョーコとはまるで別人に思える。

「それ、反則じゃね?」
「セレブラントとしての活動に時間割いてるんだもん、これくらい役得だよ」
「役得、ね」
「数学はキョウちゃんに見せてもらえば良いけど、スケッチは自分でやらなきゃ」
「ってお前なぁ」
 いけしゃあしゃあと口にする彼女は、キョウがずっと知っている幼なじみのリョーコそのものだ。キョウは口を尖らせてみせても、そのやりとりをどこか心地良く感じていた。美術の宿題を一緒にやろうと言い出したのも彼女らしい気遣いに思えて、どこか嬉しかった。


「あれ? リョーコ、なぁにそれ」
 偵察任務から戻ったメイウーが、ブリッジに顔を出した。スケッチブックから顔を上げたリョーコが微笑む。
「夏休みの宿題のスケッチだよ、メイイェンちゃん」
「……だから、メイウーなんだけど」
 眉根を寄せるメイウーの隣から、双子の妹のメイイェンが覗き込む。
「へぇ、上手く描けてるじゃない」
「だろ? リョーコはなかなかのもんだ」
 ゼーガペイン・フリスベルグでメイイェンとパートナーを組み始めて息が合ってきたのか、ピエタを膝に抱いたままのクリスがそう応える。メイイェンもそんなクリスに笑顔を向けた。

「ありがとうございます、クリスさん」
 リョーコが頬を染めるのにクリスは微笑を返した。そして遅れてブリッジに入ってきたルーシェンと目が合うと、ルーシェンが先に手でクリスを制した。
「交替はまだ先で良い。このあたりに警戒要因は見当たらないからな」
 偵察任務に適したゼーガペイン・ガルダを駆るルーシェンが言うからにはそうなのだろう。クリスがルーシェンから、ブリッジの上のフロアの司令席に視線を移すと、シマはクリスに頷いて返した。

「そうか、それは何よりだな」
 だろ、とピエタの頭を撫でて、クリスはそのままリョーコの手元を見守った。そもそもクリスとメイイェンは、偵察の引継ぎの関係でブリッジに顔を出していたのだが、複数あったプランのうち遅い方のスケジュールに決まったようだ。
 偵察時のデータを整理したミナトが四人を司令席に呼び、ルーシェンとメイウー、クリスとメイイェンは揃って引継ぎの打ち合わせを済ませた。非番になったルーシェンは、依然スケッチブックを睨んで悪戦苦闘しているキョウの側に腰を下ろして、さりげなくキョウの手元に目を遣った。

「……これは凄いな」
「何が言いたい」
 自分の目はスケッチブックに落としたままのキョウが低い声で応えると、ルーシェンは目蓋を伏せて微かに笑った。
「いや、君らしいよ」
 そう言われてようやくキョウはルーシェンを見遣るが、涼やかな笑顔の彼の意図するところは読めない。ともかく一枚描き上げてスケッチブックをめくると、キョウはふわぁ、と盛大に溜息をつき、鉛筆を置くと右腕の肘から先をぶんぶんと振り回した。

「あーもぉ、かったりぃー。腕橈骨筋がむせび泣いてるぜー」
「なら、お茶でも淹れようか」
 ルーシェンがそう言って席を立つと、メイウーが続く。
「手伝うわ」
「あ、私も」
 メイイェンも二人と連れ立って出て行き、ブリッジはまた静かになった。機器類の電子音と、キョウとリョーコが鉛筆を走らせる音だけが響く。


「さぁってと、動物五枚は終わり。キョウちゃんは?」
 リョーコがキョウの手元を覗こうとしても、キョウは手早くスケッチブックをめくってしまった。
「こっちも終わったぜ。でもまだあと十五枚……ってやっぱありえねぇ」
 キョウの気が抜けた声に、リョーコは明るい笑顔を向けた。
「頑張ってやっちゃおうよ。クリスさん、ピエタありがとう。おつかれさま」
「どういたしまして。部屋でちゃんと寝かせてくるわ」
 ピエタをそっと抱いてブリッジを出て行くクリスと入れ違いにやってきたのがシズノだった。クリスの胸元のピエタに微笑みかけた彼女は、クリスがついと目線を遣って示すブリッジの一角にキョウとリョーコとを認めた。

「あら、二人とも何してるの」
 ブリッジに入ってきたシズノに、キョウはちらりと目を遣った。それと同時にリョーコが彼女に笑顔を向けて応えた。




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