Camille Laboratory : ZEGAPAIN Topゼーガペイン>創作小説

summer
tea ceremony
夏の茶会




entanglement09「ウェットダメージ」より




 七月七日、舞浜南高校では一学期の期末試験を翌日に控えていた。いつも通りソゴル・キョウが一人で泳いでいる放課後のプールサイドに、カミナギ・リョーコとトミガイが姿を見せた。

「キョウちゃーん」
「そろそろ上がらないと、約束の時間だよ」
 トミガイが言うのは、生徒会室での腕相撲の一件の後、ミナトに誘われた茶道部のお茶会のことだ。
「あー、もうそんな時間か? さんきゅ」
 プールの端でゴーグルを上げて、キョウは右腕をゆっくりと回した。

「まだ痛むの?」
 リョーコが訊くのは、昨日カワグチの拳を受けたキョウの右腕のことだ。だが彼は瞬きをして答えた。
「いいや、全然。もっと泳いでたいくらいだけどな」
 いつもより早い時間で練習を上がるのに、キョウはためらうように梯子に掛けた足を止めた。見上げた空はまだ爽やかな青だ。明日から期末試験だから、部活動は一時停止となってしまう。期末試験前に学校のプールで泳げるのは、今日が最後だった。

「折角のお誘いだし。それに無理しない方が良いよ」
 そう言ってキョウを心配してくれるリョーコは、余程お茶会を楽しみにしているのだろう。キョウはプールサイドに上がると、揺れる水面を名残惜しそうに振り返った。
「ここで言うこと聞いとかないとな」
「何よそれ」
 キョウにしてみれば、これも水泳部存続のための一策なのだ。何せ茶道部には、生徒会長のシマに副会長のミナトが顔を揃えている。ここで誘いを反故にすれば、彼らの心象を悪くするのは目に見えていた。

「あら、皆揃ってるのね」
「シズノ先輩」
 プールサイドに現れたミサキ・シズノに、キョウは顔を向けた。シズノは柔らかな声で彼に言った。
「茶道部に行くんでしょ。作法室ってよく分からなくて、一緒に良いかしら」
「先輩も誘われたんですか? えぇ勿論」
 瞬くキョウの隣でリョーコがシズノに答えた。転校生のシズノが不案内だというのは不自然ではない。同席者が増えるのにリョーコがはしゃぐ一方で、トミガイはふと首をかしげた。

「そういえば、作法室って行ったことないなぁ」
 それを聞いたリョーコもふと瞬きをして、キョウをちらりと見遣る。キョウは息をついて肩をすくめると、更衣室に向かいながら三人に言った。
「すぐ着替えてくっから、ちょっと待ってろ」


「ソゴル君、作法室なんてよく知ってるね」
 そんなことを言うトミガイに、キョウは半ば呆れた顔を向けた。
「入学してから何日経ってんだ。学校の何処に何があるかくらい覚えとけよ」
 三人を案内して、キョウは茶道部が部室として使っている作法室の前まで来た。軽く咳払いをして、入口の引き戸をガラリと開く。

「ちーっす」
「ソゴル君、皆もよく来たね」
 キョウ達を出迎えたのはクロシオだった。こんにちは、とトミガイとリョーコが頭を下げるのに、クロシオは愛想良く会釈を返した。
「何でクロシオ先輩がここにいんの?」
「僕も茶道部員なんだよ」
「あー、そういうこと」
 クロシオも生徒会の一員とはいえ、何だか意外だ。
 キョウはそう思ったのだが、ならクロシオは何部だと思っていたのかと自分に問えば、見当はつかない。

「さ、上がって。直に始まるから」
 クロシオにそう言われて、キョウ達は靴を脱いで畳に上がった。作法室はざっと四十畳、教室ほどの広さだ。畳が敷いてあるだけで室内に殆ど何もないせいか、かなり広く感じられる。障子のある窓際は木陰になっていて、室内は案外涼しかった。

「学校にこんな部屋があったんだね」
 室内を物珍しそうに見回すトミガイに、リョーコが頷いた。
「なんか、温泉旅館の宴会場っていうのかな。古い二時間ドラマに出てくるみたいな」
 その言い方に思わず笑ったキョウは、リョーコに口を合わせた。
「にしちゃ、舞台がねぇけどな」
 そんなやりとりを、表情を緩めたシズノは一歩下がった位置から見守っていた。


 畳の半畳分を切り取った一角には茶釜が用意されている。その隣の席からは電気プレートを三つ用意して、それぞれに小さな茶釜が掛けられていた。
 今日のお茶会は四人の茶道部員が、四人の客を相手に個別にお点前の稽古をするのだという。それでも広い作法室のほんの一角で収まる面積にしかならずに、大半の空間はがらんとしていた。
 クロシオに指示されてキョウ達が座った席は、丁度男女が交互に向かい合う配置になっていた。

「最近は稽古の時間が取れなくてね。丁度四対四になるのなら、こういうのも良いのじゃないかとイリエ君が言い出したんだ」
 シマはそんなことを言って、茶釜とは反対側の端の席に座っていた。
「まるで迎え撃つお茶会ね」
 シマの向かい側の客席に座ったシズノがそんなことを言って、薄い笑みを浮かべた。
「撃たれるのはどちらの方だろうね」
 柔らかいが含みのある声でシマはそう言い返して、指で眼鏡を直す。その様子を、シズノの隣に座ったトミガイと、その隣のリョーコがきょとんとしながら見守っている。彼らには、シマとシズノが会話をしているのは見慣れない光景だ。

「まーまー、ここは作法室だってんだからさ、穏便に行こうぜ」
 茶釜の席の向かい側に座ったキョウが思わずそうとりなすのに、シズノは微笑を返した。瞬きでそれを受け取るキョウを見て、茶釜の隣の席に座ったクロシオが意味ありげな笑みを漏らす。
「何かおかしいっすか?」
「いや、全然」
 キョウとクロシオのやりとりに、リョーコとトミガイは顔を見合わせた。


「お待たせ。皆良く来てくれたわね、ありがとう」
 そう言ってイリエがミナトを連れて姿を見せた。二人の姿を見て、リョーコが両手の指を組んで顔を輝かせる。
「うわぁ、浴衣! やっぱデジカム持って来るんだった〜」
 リョーコは直前まで悩んだのだけれど、撮影に夢中になってはお稽古の邪魔になるのではないかと思い、結局デジカムは持参しなかったのだ。イリエの浴衣は藍に女郎花、ミナトの浴衣は瞳の色を映した水色に明るい色の花柄だ。

「夏のお茶会だから浴衣も良いでしょう」
 そう言って茶釜の席に座るイリエは、茶道部の部長だ。着物にも慣れていると見えて、その所作は美しかった。
「着付けや、立ち居振る舞いの練習になりますし」
 ミナトはクロシオとシマの間の席に慎重に座るとそう言った。まとめた後ろ髪に手をやって、シマの方を覗き見る。
「あ、あぁ。浴衣の女の子は、良いものだよね」
 明るい声でそう言ってへにゃっと笑うシマは、普段どおりの生徒会長を貫くつもりらしい。そんなシマとミナトとを、シズノはつい見比べた。全員揃ったのを見遣ってイリエが手を付いた。
「それでは、よろしくお願いします」
 皆はイリエにならって、頭を下げた。


「今夜は七夕だから、そういう趣向も取り入れてみたの」
 イリエがそう言って、ざっと席を見遣る。男女が交互に向かい合うこの配置はそういう意味もあるらしい。
「夜まで晴れていると良いですよね」
 リョーコがそう言うのに、キョウはふとその七夕の星の名を思い出した。

 一年に一度だけの逢瀬を許された恋人達、織姫と彦星。琴座のヴェガと鷲座のアルタイル。
 その星は、キョウとシズノが駆るゼーガペイン・アルティールと同じ名を抱く。
 キョウはつい、同じ客の列の端に居るシズノの方を見遣る。彼女もこちらを向いて、二人の視線は一瞬絡みあった。だが、二人の間には確かな距離があった。




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