Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説

の記憶

Series : Teardrops
それを涙と書くのはね、海へと戻る約束のためだよ。


Memories of the Flames




 それは、まさに地上に降りてきた悪夢とも言える光景だった。

 宇宙世紀0088年。前年の「ティターンズの反乱」により弱体化した地球連邦政府に対し、ネオジオンのハマーン・カーンは連邦議会を制圧、次いでジオン発祥の地であるサイド3の譲渡を要求する際の恫喝として、連邦政府の影の拠点がおかれていたヨーロッパの都市ダブリンを目標とした「コロニー落とし」を行った。八年前のジオン独立をめぐる「一年戦争」において行われた「コロニー落とし」――宇宙に住む人のための人工の大地であるスペースコロニー、直径6キロメートル・全長30キロメートルにも及ぶ巨大なシリンダーであるそれを質量弾として地球に落下させた人類史上最悪の悪夢の再現であった。

 しかし、その悪夢のような光景以上に今のカミーユをさいなんでいるのは、一度に大量に失われた命の嘆きの渦そのものだった。天を覆い雲を圧して落ちてくる空の圧迫感と、迫り来る死を予見して恐怖する魂の叫びに突き動かされて、彼は初めての街をただひたすらにダブリンを目指して走り続けた。見えないはずの街を確かに見据えたその瞳の先で、悪夢は禍々しい姿を晒したのだ。届かない声、届かない手。またしても自分には何も出来なかったのだと何処かで繰り返される冷淡な言葉。嘆きの渦に身を委ねたまま、彼は自分が生み出した青い闇へ沈み込もうとしていた、その時だった。

『悪夢……? いや、この空には見覚えがある』

 内奥で、誰かの声が響く。青い闇の向こうから聞こえるそれは、紛れもなく自分の声だった。

 天に至る炎と煙の塔の根元、遥か遠くのその街が今どのような状態にあるのか彼は知っていた。不意に足元が大きくぐらついたと思うと、彼の体は道に投げ出されていた。かぶりを振りながら身を起こすと、見覚えのある街並みが焼け崩れ、熱に侵され、そして降り止まないシリンダーの破片を受けてつぶれてゆくのが見て取れた。炎が呼んだ熱い風が火の粉と煤とを辺りに撒き散らしてゆく。逃げ惑う人々はそれを避けるのに顔を覆うが、その様はこの悪夢から目を背けているようにも見えた。自分もここから逃げなければならない、そうは思うが何処へ行けばよいのか分からない。そんな考えを巡らせながら立ち上がって見渡した街並みは、確かに見知ったものではあるがアイルランドのそれではなかった。


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