Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>炎の記憶

 夕食を取って、何をするでもなくベッドの上に体を投げ出した。普通にしてろと言われても、特にすることもないのだから。そうさ、普通にしてろというのなら普通にするさ。――そう思うとカミーユは天井を睨むのを止めて、家を飛び出して夜空を眺めにゆくことにした。

 基地の中でも港地区に近いところでは、人の動きがあわただしく、尋常ではない様子だった。いっそこのくらい混乱していれば、港にまで入り込めるかも知れないと思って、カミーユは行き先を変えた。うまく守衛の目をすり抜けて、港地区に潜り込む。一体この基地で何が起こっているのか、その答えは目前にあるように見えた。人目を避けた一角から外の世界が垣間見える。外へ続く扉を開けると、そこは荒れ狂う風の世界だった。

「何だこれ……っ!」

 風に抗いながら見上げた先には、空に開いた黒い穴があった。違う、大気との摩擦であちこちから炎と煙を噴き上げながら落ちてくるコロニーだ。この地点であの高度、落下の方向……恐らく北米大陸あたりに落ちるのだろう。大人達が隠していたのは、この事だったのだ。コロニー落としにまで至るほどの戦争がどこかで起こったのだ、だから何とはなしにジャブローの空気は変っていたのだ。でも、そんなことはちっとも知らされていなかった。戦争は、遠い世界の話だったのだ。それに、コロニーがジャブローに落下するのでないと知れたから、『普通にしていろ』ということになったのだろう。普通にしていれば、コロニーが上空を通過したと知る事もない。戦争もコロニー落としも知らないで、空のない街はまた日常を取り戻す。しかしコロニーが落ちる先は? そこに街があるのなら、その街の人々がどうなるのか……彼は、それを知っていた。自らの身を焦がすような炎と、木々や肉の焼ける臭いに包まれる感覚が彼の記憶に甦る。――厳密には自分の記憶ではないような気もするが、彼が堪えきれずに鳴咽を漏らすには充分なほど、その記憶は鮮明だった。自分は、それを知っていたのだ。

『でも、知っていても何も出来はしなかった。』

 その通りだ。

『知っていたからといって、それが何か出来る力になるとは限らない。』

 それはそうかも知れない。でも……

『現に何も出来ないから、ひとりでここに居るのじゃないか』

「それは、違う!」

 発せられた自分の声に驚いて目をしばたくと、そこは遥かに禍々しい空を眺めるスコットランドの地であった。そうだ、コロニーの落下を避けてグラスゴーに降り、空港に赴いたのは良いものの、その場に居ても立ってもいられずに飛び出してきてしまったのだ。何が出来るというのではない、確かに自分には何も出来ないのかも知れないけれど、それでも走り出さずにはいられなかったのだ。走ったとして何になる? ここからダブリンまでは300キロメートルは軽くある、僅かに近づいた処で非力な自分に何が出来るというのだ?

「でも、何か出来ることがあるはずだ」

 そうでなくては、あの炎の記憶の意味がない。カミーユは立ち上がると、再び悪夢のような空を見据えて走りはじめた。

(9712.03)



あとがき

 連作「Teardrops」3本目です。やっと本題っぽくなって参りましたが如何でしょうか。本編でいうとΖΖ#35「落ちてきた空」直後というあたりです。……の割にはオリジナル設定なお子様話がメインなんですが(^^;

 「炎の記憶」は、Ζのメインライターの一人遠藤明吾(現:明範)さんの小説「フォウ・ストーリー そして戦士に…」(角川スニーカー文庫)で、フォウの出身地がカミーユと同じニューシートに設定されているので出来た話。……という訳であんな少女が出てくるのですね。実はこの設定(二人の出身地が同じ)を使った話を以前に書いてまして、本人の中ではその続きの話でもあります。またいずれお目に掛けたいと思います。

 ただ、遠藤さんは「ガンダム・センチュリー」を読んでいないのか、トーキョーにもコロニーが落ちたような描写があるので、それはちょっと変えてます。でも私も、ブリティッシュ作戦で落ちたコロニーは1つだけだったなんて知ったのは相当後だったような気がするです。だから、ガンダムXの初回の予告で雨あられと降り注ぐコロニーを見て「これだ!」と思ってしまいましたよ〜。……っとコロニーのサイズ、放映当時のものですね。今は設定変わってるはずですんで。

 ジャブローでの顛末は「機動戦士ガンダム0083」#13「駆け抜ける嵐」での、真の「星の屑」こと北米大陸へのコロニー落とし作戦から。アニメディアの記事ではカミーユの誕生日がUC0069.11.11になっているのと、「機動戦士ガンダム」#30「小さな防衛線」でのジャブローの育児室に居た、キッカを苛めた「ませた少年」はカミーユであるというアニメック編集部の説があるのとでこういう話になりました。因みに、幼い兄妹とその母親には、カミーユはΖ#18「とらわれたミライ」で再会するはずですね;)

 カミーユの知っているコロニー落としはあと1つあるはず(Ζ#25「コロニーが落ちる日」)なのですが、サラの密告を信じると言ってグラナダへの落下を阻止できたからか、それは思い出してくれませんでした。でもあの時って、カミーユってヤザンと遊んでただけのよーな気もするしぃ(苦笑)

 にしても、回想部分の情報がぼろぼろと欠落しているのは、カミーユ本人が完全に思い出していないという理由からです。あくまでそんな不完全なままの彼の視点で物語が進むからあぁいうお話になってしまうという。う〜む、元々Ζっていうのが「情報量が多いのに説明不足になりがち」な話でしたけど、そういう雰囲気を出そうとするとこうなってしまうというのもありますねぇ(と言い訳)。完全な三人称で説明をしても良いのですけど、それをすると最後の突然自問自答につながらないし……ということでこのままにすることにしました。って言い訳が長いぞ(_o_)

この続きは→「Rain or Tears」


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