「お兄ちゃんどこの子なの?」
男の子はかなり気を許してくれているらしく、そんな事を聞いてくる。この時分は好奇心の固まりだ、仕方はないだろう。
「エリア3に住んでるよ。ここからはちょっと遠いけど」
「ふぅん。じゃ、お兄ちゃんいくつ?」
「14になったばかりだよ。」
「ほんと? わぁ、じゃケーキ食べてお祝いしたんだね」
無邪気に質問を繰り返していた男の子の表情がふと曇る。それはカミーユの反応を見てとったからだ。何か触れてはいけないものに触れたらしい、その不機嫌を通り越した無表情な様は、いくら男の子が幼くても良い反応でないことくらい分かるものだ。
「してないよ、ウチにも――誰も居ないから」
言ってそれきり黙り込んでしまうと、二人は言葉もなく川沿いの道を歩いていた。
居住区が近くなった頃、赤ん坊を抱いた女性がこちらに歩いてくるのが見て取れた。男の子はぱっと顔を輝かせた。
「ママだ!」
言うと男の子は母親の元に走って行った。彼女は息子の名を呼んだと思うがはっきりしない。男の子に置いていかれたカミーユはといえば、母子が何言か言葉を交わした頃に追いついて、とりあえず会釈をしておいた。
「この子がお世話になったようね、ありがとう」
女性の声は少し高いのが耳につくものの、話し方は柔らかくて暖かみがあり、生来の品の良さのようなものまで感じられた。彼女の顔には見覚えがあるのだが、どうも思い出せない。
「いえ、どういたしまして。怪我もなくて良かったです。」
そう応えると、女性は優しげに目を細めた。
「えぇそうね。下の子をちょっと病院に連れて行ってる間に居なくなってしまったのだけれど、送ってくれて助かったわ。あなたも――今日は帰っていた方が良いわよ。本当は送って行ってあげたいのだけれど、この子たちを寝かせなくちゃいけないのよ。ごめんなさいね」
言って、女性は腕の赤ん坊を抱え直した。覗き込んでみると、微かに頬が赤い。
「赤ちゃん、具合悪いんですか?」
「大したことはないのよ、寝かせてやれば落ち着くわ」
「そうですか、お大事に。……じゃ、僕はこれで」
母親ならではの説得力とでもいうのだろうか?それに納得させられて、母子の邪魔をしないよう退散することにした。踵を返そうとするカミーユに、母子が声を掛けた。
「気を付けてね」
「バイバイお兄ちゃん、またね」
現金なものだ、母親に会うまでは今にも泣きべそをかきそうだったのに、もうすっかり元気に手などを振っている。カミーユは半ば苦笑して、男の子の頭を軽く叩いてやった。
「あぁ、今度から気を付けるんだぞ」
「ウン。――そうだ、」
男の子は頭に手をやりながら、ふと思い付いたように表情を変えた。
「何だい?」
「お誕生日おめでとう」
予想もしていなかった言葉だった。彼は戸惑い、真意を推し量り――でも子供のやることだ、純粋な好意からなのだろう――そしてようやっと男の子に笑顔を返してみせた。
「ありがとう。じゃ、」
カミーユが帰宅してみると、一旦母が先に帰宅していたらしい。夕食の支度が整っている。テーブルの上にはメモが残されていて、今晩は帰れない旨が記されていた。それをくしゃくしゃとまるめてゴミ箱に放り込むと、電話が鳴った。
「はい――何だ父さん、どうしたの? ……帰れないのはいつものことじゃないか、気にしてないよ。……え? 普通にしてろってどういうこと? そっちの方が気になるじゃないか。気にするなってそんな――っ、」
電話は一方的に切られてしまい、父の真意は分からない。『今日は普通にしていろ』とはどういう意味なのだ? 普段はそんな事言わないじゃないか。そういえばさっきの女性も『今日は帰っていた方が良い』とか、変な言い方をしている。大人は何を知っているというのだろう?
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