そして、一年が過ぎて戦争は終った。しかし両親はジャブロー勤務が続くことになっていたから、奪われた空が戻ってくるというのではなかった。であれば、カミーユにとっての「戦争」は終ってはいなかったのかも知れない。ミドルスクール――ニホンに居たなら中学校だった――にあがると育児室に行く義務もなくなって、比較的自由に行動できるようになった。尤も、子供が行動できる範囲などたかが知れてはいたが、時折それを逸脱して基地からの短期逃亡を試みてみたりもした。どうすれば大人達の目を盗むことが出来るかを考えて、同級生と競いあううちに、そのスリルを楽しむようになったのだ。彼はうまくやってのけて、大人には見つからなかったけど、同級生は一人二人と脱落した。彼らに自分もやっているとそしられはしたけれど、普段が優等生で通っているだけに、証拠不充分ということもあって、すぐに解放されるというのが落ちだった。だから、いつの間にか、基地を抜け出そうと冒険をするのは彼一人になった。
ある日、カミーユは一人知らない道を歩いていた。建物の影に隠れ、わずかな足がかりを頼りに崖を登ったりもした。忘れられたような梯子を見つけてそれを上ると、頭上を人工のものでない光が満たしていた。
「空だ……」
ジャングルの木々の合間にぽっかりと開いた空間、そこに、何年ぶりかで見るかのような彼一人のための空があった。眩しさに目を細めても、それでも見上げないではいられなかった。頃合いだけは見計らっていたから、すぐに梯子を降りて家路へと引き返したけれど、その場所は密かに心の奥へ刻み込んだ。
宇宙世紀0083年の秋、基地の空気が変わったとカミーユは感じた。でもそれが何なのか彼には分からなかった。両親が不在がちなのはそれまで通りだし、相変わらず彼の空はあのわずかなかけら程度のものでしかなかった。彼は、いつの間にか14歳になっていた。
その日も、カミーユは一人気ままに、あてどもなく基地の中でも人気の無いエリアを歩いていた。基地の空気の正体がなんであれ、部屋にじっとしていては、その天井につぶされてしまいそうな気がして飛び出して来たというのが正しい。家の外に出たところで天井があるのには変わりはないのだが、まだマシだというレベルの話だ。鍾乳洞の中を流れる小川に差し掛かったあたりで、小さな男の子が水面に手を差し伸べようとしているのが見て取れた。思わず、カミーユは走り出した。
「危ないじゃないか!」
ひょい、と抱きかかえてやると、男の子はきょとんとしている。このくらいじゃ何が危険なのか分かりもしないか……とため息をついて、危なくない処に降ろしてやった。
「いいかい、ここは足元が滑りやすいから、あまり川に近づいちゃ駄目だよ。川に落ちてしまうかもしれないからね」
「うん、ママもそう言ってた。」
「だったら、ママの言うことをきかなくちゃ。」
我ながらよく言うよなぁとは思うが、それでもぽんぽんと男の子の頭を軽く叩いてやると、男の子は素直にゴメンナサイとうつむいた。
「分かっていれば良いんだよ。それより、どうしてこんなところに一人で居るんだい?」
「誰も居ないから」
どこかで聞いたような会話だ。
「誰もって……ママはどうしたんだい?」
「妹を連れて病院に行ってるの」
「そっか、でも君がこんなところに居るってママは知ってるのかい?」
男の子は首を横に振った。ひざをついて男の子の目線に合わせてやると、つぶらな瞳が微かに潤んでいる。
「寂しくて家を出てきてしまったんだな、」
こくん、とうなづく男の子の頭を今度は撫でると、カミーユはつとめて優しげな声で言ってやった。
「じゃあさ、お兄ちゃんが送っていってやるから家に帰ろう。ママも心配してるよ、きっと。」
「うん。」
カミーユは立ち上がると、男の子の手を取って歩き出した。
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