打ち寄せる波の音が近くなり、周囲には誰も居ない。
満天の星の下で、はやる心を抑えながら、足取りを確かめるようにゆっくりと歩いてゆく。
「もう少し、かな?」
振り向いて、問う。
「かしらね」
水平線の向こうに、臥待月が顔を出した。
言葉はなく、ぬくもりだけが想いを伝える導体になる。
『Good luck,』
ただその一言を、遠く成層圏の彼方まで……。
青い月の光と白い砂浜。夜空を映した黒曜石の海。
一定のリズムで寄せる波が、いつしか足下を洗ってゆく。
足下に手を伸ばしてみると、てのひらの中で波が遊ぶ。
ひざをついて二の腕まで水に浸してみると、波が腕にじゃれてくる。
自然に、口許がほころんだ。
バシャッ。
砕けた波しぶきは、月の光に照らされ、海上の星になる。
ゆっくりと海へ還る星々を目で追いながら、深呼吸をしてみる。
深く息を吸い──ゆっくりとはいて。
あ……波と同じリズムだ。
意識の片隅でそんな言葉をつぶやく。
全身を砂浜に預けたまま、波に洗われるにまかせて、ぼんやりと天頂の星々を眺めていた。
星をこんな風に眺めるのは久しぶりだな。──尤も、前に地球に降りた時なんて、そんな余裕はありはしなかったのだけれど。
天に星、足下に大地。
頬をかすめる風と、この身体に寄せる波。
「生きてるんだよな、俺」
声に出してつぶやいてみる。
「勿論よ」
その答えを耳で聴く。波をはじく足音も聴こえる。
「ファ……」
スカートの裾をつまんだ手をひざに当てて、上体を傾ける。
夜空と同じ色をした長めの髪が、肩で止まらずに落ちてくる。
「いつまでもそんな風に寝てると、風邪を引くわ、」
「分かってるよ。でも、もうしばらくこのままにさせておいてくれないか」
「何故?」
仰向けに心配そうな顔を覗きながら、しばらく言葉を探した。
「何だかね……気持ちが良いんだよ。こうしていると」
今度はゆっくりと目を閉じてみる。身体に寄せる波の音と、自分の心臓の鼓動が、微妙に同調してゆくのが分かる。
「分かるんだ。自分が生きているということと、この星も生きているということが」
この波は……この星の鼓動なのだ。
「生きているから、この星が生きているのが分かるんだし、ファが生きていて、こうしてそばに居てくれるってことが分かるんだ。それは──それが幸せなことなんだ、って分かるんだよ」
何故だか、笑い出したくなって──その衝動に、負けた。
「カミーユ、」
言葉を探してみるのだが、見付からない。
顔を覗き込んでいる内に、海の方に垂れた髪が、砕けた波しぶきで濡れてゆく。
ここまで濡れたら、後は同じかしら?
自分の考え方に、吹き出しそうになる。
でも、その衝動を彼と同じものに変えられたら──
「幸せ、だね」
寄せる波は、ふたりに星を贈った。
臥待月は、少し見上げる高さから、青いヴェールを投げかけていた。
(9105.01)
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