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sweet as pie



Camille's birthday in U.C.0086




 何度呼び鈴を鳴らしても、まるで返事がない。
 部屋の明かりは灯っているから、誰か居るはずなのに。庭の広い、閑静な住宅街では明かりの届ききらないところはもうすっかり闇の中だ。
 まさか何かあったのかしら。
 ファ・ユイリィはふと不安が過るのを払いながら、隣のビダン家の玄関に手を掛けた。
「やだ、開いてるじゃない」
 本来なら開くはずのない扉の奥を窺ってみる。シン、と静まり返った家の中を見遣っても、やはり人の居る気配はない。
 留守にするなら無用心よね……と思いながら、何とはなしに足音を立てないように気をつけながら奥へ入っていく。リビングをそぉっと覗いてみると、この家の一人息子がソファにぐったりと倒れこんでいた。
「ちょっ、ちょっと大丈夫なの? カミーユ!」
 ファが慌ててカミーユの肩を揺すると、彼は重たそうに目蓋を開けて、いかにも不機嫌な掠れ気味の声を出した。
「何だ、ファか」
「何だじゃないわよ。一体どうしたっていうのよ」
 リビングには本やら雑誌やら何かのパーツやらが散乱していつになく酷い有様だ。その中で眠り込んでいたらしい少年は大きな欠伸をして、手を組んで伸びをすると、目をこすりつつ答えた。
「……寝ちゃってたのか。今何時?」
「もう夜の8時よ。その分じゃ夕飯も食べてないんでしょ」
「そうかも」
 カミーユが前髪をいじりながら、自分の事なのにまるで他人事のような返事をするのに、ファは溜息をついた。
「全く世話が焼けるんだから。顔洗ってらっしゃい、何か作ってあげるから」
 勝手知ったる隣の家のキッチンを物色する少女の背中をぼんやり見遣ると、カミーユは洗面所のタオルを手に取った。

「美味しい?」
「あぁ」
 オムレツをぱくつきながらカミーユが短く答えるのに、ファが口を尖らせた。
「なら、もっと美味しそうに言ってくれたっていいじゃない」
「何いらついてんだよ、」
「いらついてなんていません!」
 そういう言い方が、いらついてるんじゃないか。
 そうは思っても、言葉を口にはしないで食事に専念した方が良いということくらい、カミーユにだって分かっている。事実、美味しいからこうして食べているのにさ。
「大体、何しにきたんだよ」
「何って……」
「今日は、何も頼んだりしてないじゃないか」
 不在勝ちなカミーユの母のヒルダは、この所何かとお隣を頼りにするようになっていた。だからこそファがカミーユの家のキッチンを覚えてしまったのだけれど、今日ヒルダが帰宅できないというのは急に決まったことで、お隣にまで話は伝わっていないはずだった。本当は、今日は帰宅するはずだったのだから。本当なら。
「そうだった?」
「そうだよ」
 スープを飲み干して一息つくと、テーブルの上のお皿は空になっていた。
「ごちそうさま」
「おそまつさまでした」
 こんな受け答えにももうすっかり慣れたかな。カミーユがそう思いながら、ファがお皿を片付けるのを眺めていると、見覚えのない紙袋が目に入る。

「そんなの、あったかな」
「何が?」
「その袋だよ、水色の」
 カミーユの声に手を休めて水色の袋を見る、ファの頬がどこか赤らんでいるように彼には見えた。
「あぁ、これね。あったわよ」
「そう」
 短く答えて席を立つと、カミーユはコーヒーを淹れ始めた。
「コーヒーで良いだろ」
「ありがと」
 その香りにどこか急かされるようにお皿を片付けてしまって、ファは彼の淹れてくれたコーヒーに口をつけた。良い豆を使っているらしくて、この家のコーヒーは美味しいと思う。自分の家で飲むのはミルクと砂糖が欠かせないけれど、カミーユの家でブラックで飲むコーヒーは大人の味なんだろうと思ったりする。でも多分、良いのは豆だけではないのだろうけれど。



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