Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>sweet as pie

「で、何しにきたんだよ」
「で、何してたのよ一体」
 二人で同時に口を開いてしまい、唖然とするカミーユを見ながらファは思わず吹き出した。でも、静まり返ったリビングを覗いた時のことを思えば、笑ってばかりもいられない。
「訊くのはこっちが先よ。ほんとビックリしたんだから。どうしちゃったのよ」
「どうしたも何も……大会まで日がないからさ、帰ってきてすぐいじり始めたのに、何時の間にか寝ちゃってたんだろ」
 この所カミーユが熱中している、ジュニアモビルスーツの大会が近いのだ。夜遅くまで彼の部屋の明かりが消えないのを、ファは知っていた。
「夜、ちゃんと寝てないんでしょ」
「仕方ないだろ、色々忙しいんだから。睡眠時間を削るしかないじゃないか」
 この間までは、ホモアビスの大会があるからと文字通り飛び回っていたものだ。結果、カミーユは二年連続優勝を果たしたのだから、それは素直に凄いとファは思った。そして誇らしいとも。でもその大会が終われば即ジュニアモビルスーツに掛かりきりだし、ハイスクールから始めた空手の部活にだって彼にしてはというか、いややはり彼らしいというか、結構真面目に顔を出している。何かに打ち込んでいるカミーユの顔は良いなとは思うけれど、それでもあんな風に倒れこんで眠ってしまっているのでは、同世代の中では小柄な彼の体が心配でならない。
「忙しくしてるのはあなたの勝手でしょ? どれか一つに絞りなさいよ」
 ファがお節介を焼くのに、カミーユの冷たい声が突き刺さる。
「そんなの、ファには関係ないだろ」
「関係おおありよ! ほんとに……どうしちゃったんだろうって……思ったんだから」
 ファがそう言葉を詰まらせると、さすがに言い過ぎたとカミーユも思う。
「ゴメン、ほんとちょっと、うたたねしてただけなんだからさ」
 こくん、とファが頷くのを見ると、つい安堵の笑みも漏れる。その笑みがファにも移って、ほろ苦いコーヒーを飲みながら、二人の夜が更けてゆく。

「で、何しに来たんだよ。ウチのコーヒー飲みに来たって訳じゃないんだろ」
「それでも良いんだけどね。じゃあ、はいこれ」
 いわくありげな笑みを浮かべてファが差し出したのは、例の水色の紙袋だ。
「何だよ」
「何だって良いでしょ、」
 ファはふと半分背中を向けてふくれる。どうも照れているらしい、その横顔を見遣りつつカミーユが袋を開けると、甘い香りがふわりと漂った。
「あ、これだったのか」
「えっ、何?」
 予想外のカミーユの言葉に、ファは瞬いた。
「何だかさ、目が覚める直前に凄く良い匂いがしたなって思って」
「……そう」
 私が来たからじゃなくて、お菓子の匂いで目が覚めたのね。と思うと半分落胆しそうになるけれど、まぁいいかとファは思った。

 袋の中身は、さっくりとしたリーフパイ。
「食べていいの?」
「そのために持ってきたんでしょ、どうぞ」
「ありがとう」
 コーヒーのお代わりを注ぎながら、ファはパイを口にするカミーユの顔を伺った。

「どう?」
「ん、美味しいよ」
 今度はちゃんとその一言を聞けて、ファの笑顔が輝いた。――がしかし。
「チョコレートが良いよね」
「え?」
 カミーユがそう言うのに、ファは思わず訊き返した。リーフパイ自体は、ファが生地からちゃんと手間を掛けて作って焼いたものだ。それにチョコレートを掛けたのは、ファの母が別のお菓子に使った残りを、掛けてみたらと言われて使ったものなのである。
「半分掛かってるのがさ、パイだけのところと、チョコレートのところと両方美味しいじゃないか」
 にこにこと甘いパイを手にしている、カミーユの笑顔に邪気はない。それを見ていれば、半分は母の功績かも知れなくても、ちゃんと持ってきて良かったものとファには思えた。



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