Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>sweet as pie

「チョコレート好きだったんだ」
「好きだよ?」
 大人びた味のコーヒーを飲む少年とは、どこかイメージが合わない。
「何だか、ちょっと意外だったわ」
「そうかな」
「食べてるところ見たことないわよ」
「買ってるお金、ないしさ」
 さすがにそのカミーユの返事には、ファは言葉を失った。
「親がお菓子の買い置きなんてしないからさ、自分で買うしかないじゃないか。でも他に欲しいものがあればさ、削るのはまず食費だろ。この所物入りだし」
 睡眠時間の次は食費……。そう思えば、このコーヒーも多分彼にとっては眠気覚ましなのだろう。ファは、いい加減カミーユの多趣味に呆れたが、ここでまた『だったら何か一つに絞りなさいよ』なんて言ってしまえば、旧の木阿弥だ。
「分かったわ、気に入ってくれたのならまたパイでも何でも焼いてきてあげる」
「ほんと? ありがとう」
 カミーユがこんな笑顔を見せてくれるのなら、ザッハトルテだって焼いてあげるわよ。……また練習しなくちゃいけないけど。そんなことを思いながら、ファはふと時計に目を止めた。
「やだ、もうこんな時間」
「送っていこうか?」
「お隣でしょ、気にしないでよ」
「でもさ、」
 そうして向けてくる彼の瞳の色を見て、ファはこくんと頷いた。

 見上げれば、頭上の地面の家々の明かりが雲の向こうに星の帯を作っている。ほんの十数メートル、庭先の暗がりの中で、ファはふとカミーユに体を寄せて囁いた。
「何でいきなりパイを焼いてきたのかって、訊かないの?」
「……何でさ」
「お誕生日でしょ、おめでとう」
「あぁ、ありがとう」
 そうだろうな、と見当はついていても、もうそれを無邪気に口にできるような年でもない。一月先に17歳になった少女の髪の香りがする距離から、カミーユはそっと頬を寄せてみた。
 すべすべとした感触と、思いがけない熱さ。
 次の瞬間どちらからともなく身を離して、ファは頬に手をやりながら小声で叫んだ。
「今日は、早く寝ちゃいなさいよね!」
「分かったよ、おやすみ」
 そう答えてやると、ファもおやすみなさいと手を振って、小走りに自分の家へ駆け込んでいった。

 テーブルにはファの焼いてくれたリーフパイがまだ残っていた。背伸びした味のコーヒーのほろ苦さよりも、今はこの甘いパイが心地良い。一人きりの誕生日の夜、そんなことを思いながらカミーユは17歳になった。


(0511.23)



あとがき

 毎度お世話になってる鈴蘭さんのサイトでの、2005年のカミーユ生誕祭にて書かせていただいたものです。WATERに1行書いておいたネタから「sweet as pie」(とても可愛い、充分満足した の意味)として展開させてみました。まぁ多分元ネタのpieはリーフパイみたいなパイじゃない方だと思うんですが、まぁ細かいところはさておき、ほどほどに甘いカミファになってくれたかなーと思います。

 カミーユのお誕生日ネタは、その「WATER」(U.C.0087)とか、「遅れてきた誕生日」「eyes on you」(U.C.0102)とか、あと実は「炎の記憶」もそうだったりとか、って今数えたらこれで5本目になるのですが、やはりお誕生日というのはいいものですよね(^^) 鈴蘭さんとこでは今年(2006年)も生誕祭開催されてますので、また書かせていただこうかと思ってます。遅れてごめんなさい(_o_)


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