フォートセバーン市民は、あの悪魔のマシーン――今回の災悪の原因となった、旧宇宙革命軍のモビルアーマー・パトゥリアのことである――に切り込んだのはカリスのベルティゴだと思っている。若いながらも頼もしい隊長自らの功績で、悪魔の所業は断ち切られたのだと信じているのだ。しかし、あの夜以降姿を見せないノモア市長とカリスに疑念の声も出始めている。市長とカリスは逃げ出したとの噂もあるほどだ。ベルティゴが、ガンダムと共に一度は街を去ったのを目撃している市民は多いからである。ガンダムは、数日前にフォートセバーンを狙ったバルチャーのものであると、市民は知らされていた。 「市長の親衛隊もまるで姿を消しましてね。市長の一派はフォートセバーンを見捨てて逃げ出したと思われているんですよ。自衛部隊の中でも意見は分かれているんですが、わたしは隊長が帰って来ることにかけて、迎えに来たという訳なんですよ。」 ノルドはそう言うと、傍らのカリスに微笑んでみせた。カリスはそんなノルドの言葉も行為も嬉しくて、彼の膝に手を軽く触れて謝意を示した。 「本当にありがとう。貴方が迎えに来てくれていなければ、私はどうなっていたことか……」 「確かに。街を見たら驚きますよ。あんなになってしまった街で……市民はまだ動揺しているんです、この三日間の事情を知らないで一人で戻って来ていたら危なかったかも知れませんね。」 ノルドは正面に見えて来たフォートセバーンの市街を見据えて言った。カリスは、言葉を失った。 カリスは、ノルド達の協力を得て、市民に今回の事の真相を告げた。市長の狙いが何だったのか、あの悪魔のマシーンの正体は何か。そして、自分が何者で、フォートセバーンをこのような姿にしたのは自らの力だということを。当初、市民の三日間の不安と疑念が、カリスその人を実際に目にすることで姿を潜め、フォートセバーンの英雄の帰還を歓迎するムードだったところが、カリスの告白が進むうちに険悪な空気が広場を支配するようになった。そしてついに、一人の男が壇上のカリスに迫ろうとした。女性の金切り声が聞こえ、あと一歩のところで、カリスの前に長身の影が過った。 「カリス隊長が何でこの街に戻ってきたのか、分からないのか？」 ノルドが捕まえている男の手首の上の方で、刃物がキラリと光っていた。すぐに他の隊員が駆け寄って男を取り押さえた。 「隊長は、あのまま逃げてしまうことだって出来たんだ。なのに戻って来たのは、この街で、この街のために生きようとしてのことだって今言っていたじゃないか。市長に騙されていたのは隊長だけじゃない、あの市長を支持し、批判する目を持ってこなかったこの街の人間みんなが騙されていたようなものだ。全員が被害者であり、加害者なんだ。自分だけが辛いなんて思うんじゃない！」 ノルドを睨んでいた男の目の色が変わる。市民も隣人達と顔を見合わせて、広場はざわめきに包まれた。ノルドはカリスにちらと目をやると、カリスはこくんとうなづいた。ノルドは男を拘束していた隊員に男を放すように告げ、男が立ち去るのを見届けてから自分達も壇上から降りた。カリスは再び顔をあげてマイクに向かった。 「ご覧の通り、今の私は非力な子供でしかありません。それでも今、ノルド分隊長が言ってくれたように、この街のために出来ることは何でもするつもりです。私を許せないというのは当然のことです、でも、この街のために働くことを許していただきたい――」 カリスは、深々と頭を下げた。 街の復旧が始まった。フォートセバーン壊滅の情報は近隣の街にも広まり、援助の手も差し伸べられはしたが、火事場泥棒のような招かざる客も来た。自衛部隊は昼夜を問わず街の警護と復旧活動の支援に働き、カリスは自ら街に出て陣頭指揮を取った。そんな折りには石を投げられたり、冷たい視線を浴びたりしたが、それでも温かく迎えてくれる人も居た。それが、カリスには何よりの支えだった。 一度失ったものを取り戻すという困難な日々を送るフォートセバーンのカリスの元に、やはり一度失ったものを取り戻そうとする者達の言葉が伝わって来た。新連邦樹立宣言である。フォートセバーン自衛部隊は、周囲の街の自衛部隊と共同戦線を張り、まずは新連邦軍の撃退に成功した。その後緊張が続いているが、先の戦闘で中心的な活躍をしたカリスは、北部地域防衛の要と目されるようになっていた。夜間のパトロールに出るノルド達を見送って、カリスは愛機ベルティゴを見上げた。美しい純白の機体には、その華奢な外見からは想像も付かない絶大な力が秘められている。尤も、あの『フォートセバーンの赤い夜』以前は、通常のパイロットには使いこなすことの出来ない兵器がその力の中核だった。精神波動によるコントロールでオールレンジ攻撃を可能とするビットである。しかし今では、ベルティゴにはビットは搭載されていない。 |