ドーザがオルクになった理由は、簡単なことだった。生きるためだった。この時代では、ごく当たり前の行動だった。あの戦争の前のわずかな幼い日の記憶に、海で生きていた父の姿がおぼろげに残っていた。父は港に帰ってくると、ドーザを船に乗せてくれた。尤も、遠洋に出る船だったから、停泊中の船内で遊ばせてもらえるだけだった。デッキからデッキへと走り回り、父を探した。その日も、父は船長室で書き物をしているようだった。
『父さん、何してるの?』
『航海日誌を書いているんだよ。』
『こうかいにっき?』
まだ舌足らずな幼い息子に、父は笑ってみせた。
『こうかいにっし、だよ。海で何があったのか、毎日記録につけるんだ。これは船長の仕事なんだよ。』
『ふぅん、船長の仕事なんだ。』
部下から尊敬され、立派に船長の仕事を果たしている父が、ドーザの誇りだった。その父の仕事、父にしかできない仕事は、ドーザの憧れだった。だから彼もまた、いつか海に出て、父のような船長になりたいと思っていた。そして、あの戦争がやってきた。
戦争は何もかもを奪っていった。父はついに海から帰ってこなかった。ドーザと一緒に父を待っていた母も、いつの間にか姿を消した。ドーザは一人で父を待った。くる日もくる日も、待ち続けた。
しかし、彼のように保護者を失った子供が、次第に町にあふれるようになった。ドーザはいつしか、子供たちの先頭に立って、生きるための戦いを始めていた。次第に彼の身丈は町に余るようになった。ドーザは、町を捨てて海に出ることにした。
海には、全てがなく、全てがあった。父譲りのカンがあったのか、ドーザは海の男として成長していった。生きるためには何だってした。そうしなければ生き延びられなかった。戦争はとうに終わっていたけれど、彼の戦いは続いていた。その日々の中で、父の姿は次第に薄くなっていった。
そんなある日、ドーザ達が押し入った島で、彼は奇妙な資料を見つけた。Dナビ──生きたイルカの脳を使った生体レーダーに関するものだった。旧連邦軍の施設だから何かオタカラがあるのではと思っていた一味は、役に立たなさそうな紙切れとディスクの山しかなさそうだと諦めて施設を後にしていたが、ドーザはその中にこそオタカラがあるものだと粘り強く探していたのだ。彼は懐にディスクを仕舞い込むと、時間を見つけてはこっそりと研究を始めた。
『使い物になれば、これは俺の力になる。』
誰のものでもない、自分だけの力に。
ドーザは資料の中から研究者の所在を探し当てると、独断で乗り込んで研究者を拉致し、自らの目論見が正しかったことを証明した。
Dナビは力となった。ドーザはオルクの幹部に取り立てられ、イルカを追うDハントの責任者になった。そして、船長と意見が合わなくなり対立が極まったとき、ついに彼を倒して自分が船長となった。
かつての父の記憶はもう薄らいでいた、しかし、『船長』に対する思いだけは残っていた。彼はかねてから用意していた日記帳の表紙を撫でると、たどたどしくも日記を書き始めた。彼が筆記を覚えたのはほんの幼い日のことだ。読む方はなんとかDナビの資料も読めるものなのだが、書く方となると一気に子供のレベルにまで下がってしまう。しかも、キーボードを使えばまだましなのだろうに、妙な拘りで筆記に固執するものだから、勢い先に挙げたような文面になってしまうのだ。これもまた戦争の悲劇の側面なのだろうか。幼い日に言い間違えた『こうかいにっき』を書くことで、彼は、失った日々を取り戻そうとでもしていたのだろうか。
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