ふわぁぁ、とあくびをしながら艦内を忌まわしい自室に向かって歩いていると、誰かが背中をぽん、と叩いた。
「どうしたんだ?こんな夜中に」
「うわわわわわっ!……なんだ、シンゴかぁ。脅かすなよ」
何だか今夜は驚いてばかりいるなぁと呆れながら、ガロードはシンゴにふてくされた顔を見せた。シンゴは例によって夜間の巡回をしていたようだ。彼は一体何時休んでいるのか、とにかく働き者である。そんなシンゴは、ガロードの顔をしげしげと覗き込むと、やおら吹き出した。
「何がおかしいんだよ?」
軽く怒気を含むガロードの声に、シンゴは片手で謝りながら応えてみせた。
「おかしいって、自分の顔良く見てみろよ。一体どうしたんだ?」
きょとん、としたガロードは、意を決して自室に走り込むと、鏡をじぃっと見つめた。
「な、なんだこりゃ……」
鏡に映る自分の頬を染める赤い印……そこには、しっかりとキスマークがついていたのだった。室温は若干下がっているようだったが、額からたらりと流れてくるのは普通の汗というよりもむしろ冷や汗だ。ガロードは慌ててキスマークをごしごしと落とすと、ついてきたシンゴの首根っこをひっつかんだ。
「どうしたんだよ、ガロード。今度は顔全体が真っ赤だぞ?」
「なぁ、シンゴ見回りしてたんだろ?俺以外に甲板に出た奴見かけなかったか?」
「知らないなぁ、甲板の方から降りてきたのはお前だけだと思うぞ。」
シンゴはあくまで冷静だ。ガロードの胸中はむしゃくしゃするばかりである。
「じゃあ誰なんだよ、あんなことしたのは?」
「さぁ。」
「さぁって……」
おろおろしはじめるガロードの肩をぽん、と叩いてやって、シンゴは目線を下げて応えた。
「とにかくさ、時間が時間だから一先寝ろよ。明日になったら誰がやったのか突き止めれば良いじゃないか。手が空けば手伝うからさ」
「……そうする。おやすみ」
ガロードはこくん、とうなづくと、ため息交じりにベッドに腰掛けた。シンゴはそんなガロードに微笑んでみせた。
「あぁ、おやすみ」
翌朝、ガロードの「犯人探し」が始まった。
『やっぱし、こぉいうのは、一番やりそうでやらなさそうで、でもやりそうってとこからだよな』
朝食のトレイを片手に訪れたのは、ティファの部屋である。ノックに応えて、ティファがドアを開けて顔を覗かせた。
「おはよっ!ティファ。朝ご飯持ってきたよ」
「おはよう、ガロード。ありがとう。」
ティファは朝食のトレイを受け取って応えた。ガロードはにこにこしながらトレイを渡したのだが、はたっとそこで固まってしまったものである。
『ぅゎ。いざとなると何て聞いたら良いのか、俺さっぱりわかんないよぉ』
うーん、と悩んだり、はぁぁっとため息をついたりと、ころころと態度を変えるガロードを、怪訝とした表情を滲ませてティファは見つめた。
「どうしたの?」
ティファは朝食のトレイをテーブルに置くと、立ち尽くしたガロードにすたすたと近づいた。ティファの深い色の瞳に吸い込まれそうで、ガロードは必要以上にどぎまぎした。
「えっ?いや?別に、その、あの……」
目のやり場に困ったガロードは、ティファの後ろのテーブルに、人差し指くらいの大きさのスティックが置いてあるのを見つけた。いくらガロードでも、それがリップスティックであるとくらいは分かる。
『秘密、です。』
そう言って、意味ありげであり、からかうようであり、そして試すようでもあった微笑みを浮かべたティファの声がふと蘇る。
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