「おせぇぞこのガキぃ!」
案の定、モビルスーツデッキの主、キッドの怒声がガロードに降りかかる。ガキにガキ呼ばわりされる理由などない、ガロードも負けじと怒鳴りかえした。
「うっせぇこのガキぃっ!ティファの面倒見んのが俺の仕事なんだから、こっちは後だっ!」
「はぁそうですかぁだ。わーったから、さっさと自分の機体の面倒も見るんだな!」
「言われなくても、俺は元々そっちの方が本業だったんだよーだ!」
棚からツールボックスを持ち出して、ガロードは自分の機体――ガンダムエックス――の足元に向かった。キッドが怒るのも無理はないが、ガロードの理由だってそれなりに正当だ。お互い年端もいかないガキ同士でぎゃーぎゃー騒いでしまうのは、相手が気に食わないからという時期をそろそろ脱しかかっていて、お互いを信用した上でのレクリエーションの領域に近づきつつある。そうでなくても喧騒に包まれがちなこのモビルスーツデッキでは、多少声を上げないと意志の疎通も出来ない事もあるのだ。だから、デッキで一番大きな声を出せるというのが、ここの主の条件でもあるというのは、あながち冗談でもないのだろう。
ガロードはGXの脚部メンテナンスハッチを開いて、調整を始めた。例の「灼熱の湖」での戦闘では結構水を被ったし、しかもそれが油混じりだったおかげで、細かい所に入り込んで悪さをしているとも限らないという状況だ。幸い、メカニッククルーが急ピッチで整備をしてくれたおかげで、かなり綺麗になってきてはいたが、元の状態に戻すにはまだ細部の調整が必要だった。ガロードがハッチを覗きこんでいると、キッドが声を掛けてきた。
「かなり綺麗になっただろ?」
「あぁ、皆さすがに腕が良いな。後で上に上がってテストしてみるよ。」
「とーぜん。レベルCのチェックはしてあるよ。バッチリだ。」
「さんきゅ!しかし暑いねぇここも」
ガロードは腕で顔の汗をぬぐった。その時の嫌な感覚に、自分の腕を見直すと、油か何かの汚れで真っ黒になっていた。ということは、顔にもその汚れが移ったことになる。
「あちゃぁ。……でもまぁ昨日のよりは良いかぁ」
「昨日?」
嘆息するガロードの横顔を覗きながら、キッドがきょとんとした顔で聞き返す。ガロードは半ばしどろもどろになりかけたが、まぁ良い機会でもあるし、と思って、昨晩のことを話すことにした。
「えっとぉ、昨日の夜なんだけどさぁ。甲板で寝てたらキスマーク付けられてたんだよ。誰がやったか分からなくてさぁ……心当たりない?」
キッドは目を見開いたままぼーぜんとしていたが、やがて笑いだした。
「け、けっさくーぅ!何だよそれ、ティファじゃないのかよ、この色男!」
げらげら笑うキッドに、デッキで働いていたクルーの目が集まった。相手がガロードだったこともあり、殆どのクルーは肩をすくめて作業に戻ったが、ロアビィとウィッツが野次馬に参加するべくGXの足元にやってきた。
「何やってんだお前等、」
「さすがはお子様同士だねぇ」
そんな二人にむっとした顔を向けて、ガロードは不機嫌な声を出した。
「真面目な話をしてるんだよ。」
「真面目かぁ?ただののろけじゃん」
キッドが混ぜっかえすのに、ガロードはムキになった。
「そんなんじゃない、ティファは関係ないんだから」
「じゃーあ誰なんだよ、お前なんかにキスする物好きってのはさぁ?」
「それが分からないから、聞いてんじゃんか」
ここまでのやりとりを聞いた中堅二人組は、ぷっと吹き出した。
「キスだってぇ?」
「そうなんだよ、昨日の夜甲板で寝てたらさぁ……」
ガロードは事情を説明するのだが、二人はさも呆れたという顔を崩さない。
「お子様が何言ってんだよ」
「ガキはおとなしく寝てろよ」
ぽんぽんと頭を叩くウィッツに、ガロードは食って掛かった。
「だから、寝てたらやられちまったんだろ?」
「それがバカなんだってーの。キスで済んで良かったと思うんだな、殺されなかったのが不思議だ」
「そうだな、そうでなくてもこの艦、俺達雇うくらいヤバイんだからさ。」
ガロードは年嵩の青年達を見上げた。自分は何をしていたのだろう……この艦が自分の帰る所だと思えて、それに甘えてしまっていたのだろうか。ここに居れば安心できるのだと。二人も最初は笑ってはいたが、自分を心配してくれたのだろうか――ガロードは、自分でも驚くほど素直に、ぺこりと頭をさげた。
「ごめん、俺、軽率だった。」
ウイッツとロアビィは顔を見合わせて、くすりと笑った。
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