Camille Laboratory Top機動新世紀ガンダムX>創作小説>はなのひと

 ふと、ティファが寝返りを打ってガロードの方を向いた。ガロードは月を睨むのを止めて、毛布を掛け直してやった。月が悪いのじゃないのよと言われたようで、ガロードは内心どきどきしながらもほっとしていた。顔にかかった髪をそっと払うと、長い睫毛が微かに揺れたようだった。

「夢を見ているのかな?」

 ガロードはその様子をそう理解した。オレが出てるといいんだけど、な〜んてねっ。どうも心臓の鼓動が早くなりっぱなし、濡れているようなその睫毛に目が奪われながらも直視できないジレンマに陥って、ガロードは潮時かもしれないしなと口の中でつぶやいて、医務室を辞することにした。

「じゃ、また来るからな。今度こそ元気な顔を見せてくれよ、ティファ」

 そう言ってガロードは医務室に来た時同様気を配りながら廊下に消えた。今の少年は監禁されているはずの身、あまり長く見張りをだませもしないから、この逢瀬はほんの一時のものだった。


 『夢など見ている訳がない。彼女の知覚域には……何も映っていないだろう』


 少年が立ち去るのを確かめて、医務室の主であるドクター・テクスが彼の城に戻り入った。少年が替えた花に目をやり、少女の様子が変わらないのを確かめて微かに息をもらす。彼は15年前のあの戦争――スペースコロニー・クラウド9を拠点とする宇宙革命軍が地球連邦政府に対し独立を宣言して始まった第7次宇宙戦争――の際に軍医として連邦軍に従軍、ニュータイプと呼ばれた異能者の臨床にも立ち会った経験を持つ数少ない医師の一人であった。

 精神波動の受容過多による精神障害、それが彼が少女を診察しての所見だった。強すぎる光を見ると明順応に時間がかかるのと同じで、一度に多くの精神波動を受け止めてしまったために、それに耐えられるだけの用意が出来ていなかった少女はこうして他の精神活動を止めてまで順応しようとしているのだ。それは人間という動物が持っている生命力や自然治癒力というものに頼るしかないものだ。この少女に出会ってあまり時間を過ごしていない彼としては、少女にそれをやり遂げられるだけの力があるのか分からず、気をもんでいたのだ。順応が完了するまで彼女の気を逸らしてはいけないと思うと、役に立たない花などを摘んでくる少年に気が立ってしまったものである。しかし、診察してみたところ経過も順調のようだし、少年の訪問が彼女を呼び覚ますようなことがないまでも、幼い二人にとって良いことでもあろうから、少年が脱走していると知っても放っておくことにした。


 テクスがこの種の症例に初めて立ち会ったのは、先の大戦でのことだった。医学を学んでいる最中に戦争が勃発してしまい、地球は再び戦場になった。かつて恋をした軍属の娘が命を落とすにおよび、彼は医師の資格試験を受けられるという奨学条件がつくということもあって地球連邦軍の衛生兵に志願した。そこで配属されたのが、第13独立部隊・通称ニュータイプ部隊だった。


 認識力の飛躍的な増大による事態へのより的確な対応が可能となった人間、それがニュータイプの一番シンプルな定義である。ニュータイプへの覚醒を促すものが宇宙という漠とした空間への適応――人類の革新――なのか、戦場という殺伐とした環境への適応――戦闘への順応――なのかは定かではない。地球連邦軍の場合は寧ろ後者に則り、より効率的に戦闘力を発揮するためのニュータイプ能力の開発と育成、およびニュータイプ専用モビルスーツの開発が進められていた。テクスは各地の軍事研究室から配属されてくるパイロット候補生の健康管理の業務をこなしながら勉強を続け、正規の医師資格試験をパスして身分も衛生兵から軍医へと変わった。その間戦争は膠着状態に陥り、繰り返されるあてどない戦いは異常事態などではなく日常になっていた。そして8ヶ月目になったあの日、ついに空が落ちた。



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