Camille Laboratory Top機動新世紀ガンダムX>創作小説>躊躇いの銃爪

「キッドが言ってたけど、おっさん――カトックの言った通り、中身は十五年前のものだったみたいだな」
「だそうだな」
 短い返答は、いかにも彼らしい。予想通りとも言えるが、であればこそ、分かるような気がした。
 カトックはジャミルに、DXは『もう一人の自分』だと言ったのだそうだ。
 十五年前に自分の駆ったガンダムXを回収して造られたというのであれば、確かにそうも言えるだろう。そしてその事実が確認されてしまえば、彼が今向き合っているのは確かにもう一人の自分なのだ。

 DXは、GXの特徴であるサテライトシステムが強化され、二連装となったサテライトキャノンを擁する機体となっていた。そのDXを検分していたメカニック・チーフのキッドの言葉が、ガロードの脳裏に蘇る。
『MSとしては確かに別物、新品なんだ。だからGXよりもボリュームが増えてんのに、GX以上の機動性がある。でも、完成を急いだのか──或いは全く新品という訳にいかなかったのか、肝心の中身、つまりコックピットブロックはGXのものがそっくり移植されてるんだ』
『そうなんだ?』
 素直に驚きを口にしたガロードに、キッドの呆れた声が返ってくる。
『ってさー、何も気付かなかったのかお前? 全く一緒だったから、GX用のコントロールユニットで動かせたんだろ』
『あ、そっか』
 ガロードがDXに乗り込んだ時、操縦桿を握ろうとした右手は宙を掴んだ。GXに初めて乗り込んだ時と状況は同じだった。ティファがGX用のGコンを探してきてくれたおかげで、それを使ってDXを起動できたのである。
『本当ならDX用のGコンでないと動かせないようにしておく所なんだろうけど、そこまでの時間がなかったんだろうさ』
 彼らは知らないことだが、実はDX用のGコンはアイムザットの手の内にあった。キッドの言い分も尤もで、完成を急いだ分詰めが甘かったということだろう。
『おかげで助かったよ。Gコンないと動かせないって、ほんと面倒だよな。エアマスターやレオパルドにはGコンないのにさ』
 アイムザットにコンテナを沈められて水没した3機のガンダムをサルベージしたため、メカニッククルーが総出で取り付いている機体を見ながらガロードはそう口にした。十五年前の戦争で地球連邦軍の決戦兵器とされた3機のガンダムだが、Gコンがないと動かせないのはガロードの愛機であるGXだけだったからである。
『最初からなかったかどうかは分かんないけどな。実際、GコンなしでもGX動かせるようにしとけってジャミルから言われてるよ』
『そんなこと出来るんだ』
 ガロードがそう言うのに、フリーデンで最年少のクルーであるキッドは、上目遣いの勝気な瞳をきらめかせて、小柄な体一杯に威張ってみせた。
『俺を誰だと思ってるんだ?』
『へいへい』
 ガロードはそんなキッドに片目をつぶってみせた。キッドの腕は、ガロードは身に染みて良く知っていた。キッドになら全て任せられる。それだけの信頼に足る能力を持った、自他共に認める天才少年だった。
 ガロードは改めて、DXを見遣って言った。
『Gコンっていうのは一種の鍵なんだよな。なければ動かせないっていうのはさ』
『そうだよ、だから──』
 そこで珍しく言い澱んだキッドの顔を、ガロードは覗き込んだ。キッドは軽く首を振ると、物言わぬその白い巨人の顔を見上げた。
『……だからジャミルは十五年前、Gコンを持ってGXを降りたんだ』
 GコンがなければGXは動かない。
 その銃爪は、二度と引かれることはない。
 ジャミルはそう考えたのだろうとキッドは言うのである。

「何であんたはあの時、銃爪を引けたんだ?」
 あの時、十五年前に、迫り来る無数のコロニーに向けて。
 ガロードはそう特定はしなかったが、ジャミルにとってはその時しかあり得なかった。
 宇宙革命軍のコロニー落とし作戦を阻止するには、GXと子機であるGビットによるサテライトキャノンの一斉射しか手段はなかった。
 しかしその一撃は、人類史上最悪の悲劇の銃爪となり、十五年経った今でもなお、この地球という惑星とジャミルの心の傷となっていた。
 ジャミルは、ガロードの方を向いて静かに口を開いた。
「一つには、俺が連邦の兵士だったからだ。軍人にとって、命令は絶対のものだからな。だがもう一つは、お前が最初に銃爪を引けたのと同じ理由だ」
「同じ?」
「信じていたからさ。この銃爪を引くことで、大切なものが守れると」
 ジャミルの言葉は、ガロードには不思議な響きをもって届いた。
 確かにそうだった。あの時。
 無数のモビルスーツに囲まれて、それでもティファを守り抜きたいと思った時。
 ティファがくれたその力は、なのに、ティファの心を酷く傷つけてしまった。
「でも――」
 言い掛けたガロードを静かに遮るように、ジャミルが言葉を続けた。
「信じていたから、お前は二度目の銃爪を引けたんだ。違うか?」
 アルタネイティヴ社のラボに捕われたティファ。ラボからは、モビルアーマー・グランディーネの長距離攻撃が、ティファ奪回を目したバルチャー達を襲っていた。この窮地を脱し、ティファを取り戻すには、グランディーネを黙らせるしかない。それが出来るのは、GXのサテライトキャノンだけだった。
 少しでも照準が狂えば、ティファの命はない。そんな射撃を、ラボに居るティファの思念をジャミルが受け、その指示でガロードが銃爪を引いてやり遂げたのだった。
 信じていなければ、出来ないことだった。


 その頃、医務室でコーヒーを淹れながら、テクスは静かな夜だとひとりごちていた。いつもなら来るはずの、ジャミルの姿がないのである。
 あいつも、さすがに今回は堪えたんだろう。
 そう思いながら、テクスはコーヒーに口をつけて、ふと北米に居た頃のことを思い出した。

 ジャミルは寡黙な男として通っていた。実力が全てと言ってもいいこの世界で、過去の詮索は無用だという暗黙の了解もあり、彼が自らの過去を語ることは殆どなかった。殊、十五年前のことについては。
 そんなジャミルが、初めて過去を明かしたのは、アルタネイティヴ社のラボに連れ去られたティファに拘る理由の説明でのことだった。フラッシュシステムに適応する力を持つニュータイプだという、ただそれだけの理由で十五年前にジャミルは戦場に駆り出され、あの悲劇の銃爪を引くことになった。そんな自分と同じくニュータイプだと思われる少女であれば、守ってやりたいと。
 彼のその思いはいい。問題は、彼のその過去にある。



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