『ハロルド・レーマン曹長であります。』
『アダム・スティングレイ軍曹であります。』
『キョウイチ・ラウダ伍長であります。』
部下が次々に名乗り、ハロルド曹長が進み出た。
『少尉殿のお父上は、地球方面軍のベアード少将であられますか?』
『あぁ、そうだけど……父と僕、いや自分は軍にあってはそれぞれ一将官、一士官にすぎない。気にしないでくれ。』
『いえ、自分は一時期少将の部下にあったこともあります。面立ちが似ておいでなので、お聞きしてみた次第です。』
そういうのが、困るんだよな……とジャックは内心ため息をついた。宇宙軍のジムのパイロットとして小隊の指揮を任されたのは、自分の実力であって父の七光りなどではないという自負があったからだ。同期には後方に回ったものもいるし、前線に送られたとしても艦上勤務のものもいる。パイロットコースの連中は確かにほぼ全員がジムに乗れたようだが、宇宙の最前線に送られたのは成績が優秀なものばかりだ。自分はその中の一人なのだと、ジャックは自分に言い聞かせていた。ハロルド曹長の一言で、小隊の各員が自分を見る目が変わらなければ良いが……ジャックは、それを恐れた。
ジャックが士官学校に進んだのは、彼の実家が代々軍人の家系だったからだ。長男はまず軍人になるものと決まっていて、ジャックもそれに疑問も抱かずに士官学校の門をくぐった。騎士たるもの、弱きものを庇護せねばならぬ。そう信じて疑わず、他の道など考えもしなかった。
旅立ちの日、ウェールズ郊外の空は晴れ渡っていた。自宅の礼拝堂に居たジャックを、母は何も言わずに抱きしめてくれた。父を見ていつからか覚えた敬礼をしてみせて、彼は自宅の門を出た。それきりに、なってしまった。
宇宙の動静が穏やかではないと、士官学校のカリキュラムは通常以上の詰め込み教育になった。普通なら取れるはずの休暇もなく、クリスマスを簡素に祝った直後に、ついにジオン公国は宣戦を布告した。モビルスーツという機動兵器の前に、圧倒的な軍備を誇ったはずの連邦軍は敗北を重ねた。しかし国力の差はまだ連邦に勝機を残していた。戦争は膠着状態に陥り、泥沼の八ヶ月が経過した。
その間、連邦軍でもモビルスーツの開発が秘密裏に進められていた。V作戦と呼ばれるこの動きの中で、ついにRXシリーズとも呼ばれる連邦軍のモビルスーツが完成した。中でもRX-78・ガンダムの威力は絶大であり、この機体を元にした量産型モビルスーツ・ジムの開発が急ピッチで進められていた。
士官学校でも、急遽モビルスーツのパイロットを養成するためのカリキュラムが組まれることになった。それまでの戦闘機を想定したパイロットコースの生徒だけでなく、他のコースの生徒からも適性に応じてパイロットコースへ振り分けられることになった。ジャックも改めてパイロットコースを履修することになり、厳しい訓練の日々が続いた。そして、戦局の変化に合わせるように、彼らの学年も繰り上げ卒業の日を迎えた。
ジャックが配属されたのは、地球連邦軍第七艦隊所属のサラミス改フジ級・スルガ。その中の機械化第三小隊つまりジム隊の小隊長が彼の身分となった。部下は既にジムを乗りこなしているたたき上げのパイロット達で、彼が小隊長なのは単純に彼が唯一の士官だからにすぎない。それはジャックが一番良く分かっていることだった。
『――で、小隊の愛称なんですけどね、少尉殿?』
アダム軍曹に言われて、ジャックは目をぱちくりさせた。考え事が過ぎたらしい。
『何だ? 軍曹』
『ジャック・ザ・ハロウィン隊ってのはどうかって話なんですが。』
アダム軍曹からハロルド曹長の方へ疑問の視線を移すと、ハロルド曹長は僅かに目を細めた。
『少尉殿の誕生日はハロウィンだとお聞きしておりますので』
ジャック・オ・ランタン。父が、一度だけ作ってくれた大きなカボチャのランタン。
『少尉殿の名前にも因んでますからね。』
キョウイチ伍長がほくそ笑む。
──お前の名前はお祖父様から頂いたものだから、ハロウィンのジャックとは関係ないんだがな。
そう言って、父は珍しく笑った。
幼い自分の顔ほどもあるようなカボチャのランタンを掲げてみせるのに、はしゃいだ息子の頭を父は優しく撫でてくれた。あれから月日は過ぎて、今の自分は父と同じ連邦軍人となった。
『良いんじゃないのか? 愛称は自由に付けて良いと艦長からも聞いているし。』
『なら決まりですね。』
案外良い奴等かも知れない。ジャックはほっと一息をついた。
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