Camille Laboratory Topガンダム・ザ・ライド>創作小説>駆け抜けた宇宙

「なら、早く一人前のパイロットになるのがハロルドへの手向けですな。」
 うつむくジャックの耳に、その言葉は温かく響いた。冷たく突き放すようでいて、その奥に自分を見守る瞳があることを、ジャックは思わず見上げたアダムの中に見つけていた。
「アダム曹長……」
 正直言って、ジャックはアダムが苦手だった。元々は曹長として小隊を任されていたものを、トラブルを起こして軍曹に降格させられて、このスルガに来たのだと噂に聞いていた。眼光も鋭く、何度注意されても前髪のメッシュを止めずに居るその風貌も独特だった。しかし腕は確かだった。ハロルド亡き今、ジャック・ザ・ハロウィン隊どころかスルガのエースは文句無しにアダム曹長だった。そんな彼が、ひよっ子の自分を見守ってくれている。ジャックは、思わずアダムに抱きついて泣き出したい衝動に駆られた。しかしそんなことをしてはますますひよっ子扱いだ、ジャックは、必死で思い止まった。
「今は、構いませんよ。」
 アダムの声には温かみがあった。ジャックは込み上げてくるものを押さえ切れなくなり、頬に熱いものが伝っていくのを止められないまま立ち尽くしていた。アダムはふっと口の端を上げると、動けなくなった少年の肩を抱いた。背中をぽんぽんと叩いてやると、少年はようやく声を上げて泣きはじめた。

「自分だって、初めて部下を失った時には泣いたもんです。」
 そんなアダムの告白を、ジャックは目を丸くして聞いていた。
「貴方が、泣いた――?」
「奴を死なせたのは自分だと、そりゃ責めたもんでした。上司ってのはそんなもんです。少尉殿ばかりじゃないんですよ。」
「でも……曹長は僕、いや自分のような人間とは思えないが」
 そんなジャックのつぶやきを、アダムは笑った。
「そりゃ人間誰しも同じじゃありませんよ。そこが大事なんです。自分は誰とも違う、そんな自分を愛せなければ、他人を愛することも出来ません。自分に自信のない人間を、他人が信じることも出来ないんです。」
 ジャックは、アダムの瞳の中に、所在無さげな自分を見た。
「信用をなくしたら、小隊はバラバラになってしまう……」
「そうです。だから、少尉殿が小隊長であるためには、まず貴方が自分に自信を持たなければならないんです。自分を責めるのは今晩だけでおしまいになさい。」
「貴方も、泣いたのは一晩だけで次の日には小隊長に戻ったという訳ですか?」
 同意を求めたジャックが見たものは、曇った横顔だった。
「いえ――次の日には、わたしはもう小隊長ではありませんでした。」
 噂は本当だったのか? そうも思ったが、真相は何処かが違う、とジャックは感じた。それよりも、目の前の彼の表情が気になった。
「すまない。悪いことを聞いた……」
「構いません。長居をしましたな、これで失礼します。おやすみなさい、」
 軽く手を振ってみせると、アダムは目礼して扉の向こうへ消えた。
「あぁ、おやすみ。」
 彼の辞した室内が、ひどくガランとして広く感じられた。


 ソロモンが落ちたとはいえ、ジオンにはまだア・バオア・クーが残っている。ここと月の裏側の都市グラナダがジオンの最終防衛ラインだ。ア・バオア・クー攻略戦の準備は着々と進められていた。しかし作戦の準備ばかりが兵士の仕事ではない。小競り合いはあちこちで起こり、今し方も、ソロモン宙域では奇妙な現象が起こったという噂で持ち切りだった。ソロモンに入港していたスルガは難を逃れたが、宙域にいた多数の艦艇が、異常事故により沈んだというのである。
「奇妙な現象、というには穏やかじゃないな」
「トンガリ帽子とか、『ラ・ラ』という歌だとか……とにかく奇妙なんですよ」

 ヘンケン艦長からの呼び出しに応じて艦長室へ赴きながら、ジャックはアダムから噂話を聞いていた。
「ジャック少尉、アダム曹長、入ります」
「ご苦労。」
 ヘンケンは、書類から顔を上げて二人に応えた。

 スルガの新たな任務は、サイド6に移住する民間人の移送だという。
「何でまたこんな時期に?」
 二人は目を丸くして顔を見合わせた。ヘンケンは帽子を取って頭をぽりぽりと掻いた。


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