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「艦長……まずいですよ」
 スルガのブリッジで、トーマス少尉がヘンケンに告げた。ジオン軍の配置が予想外に散らばっており、このままではスルガもジオン軍と接触しかねない。ヘンケンは、覚悟を決めた。モビルスーツ隊を発進させておき、万が一に備えての準備の手はずを整えはじめた。そして、彼の耳に聞きたくなかった報告が届いた。
「敵モビルスーツ隊接近!」
 ブリッジに居た、コロニー公社の役人は飛び上がった。
「どっ、どうするつもりだ、艦長!」

「総員、第一戦闘配備!」
 トーマス少尉の声とともに、非常警報が鳴った。民間人が待機していたブリーフィングルームではコロニー公社のプロモーション映像が流されていたが、ざわめきの中でブリッジからの映像に切り替えられた。
「艦長の、ヘンケン・ベッケナー少佐です。たった今、敵ジオン軍モビルスーツ部隊の接近が確認されました。」
 民間人の中には悲鳴を上げるものもいた。無理もない。ヘンケンは、努めて冷静に言葉を継いだ。
「皆さんには、ランチでこの艦を脱出していただきます。ランチには、ジムが護衛につきます。今から申し上げる注意事項をよくお聞きになり、落着いて行動してください。……どうかご無事で。」
 トーマスに目で合図して、彼に注意事項の説明をさせる。緊急時に備えて民間人の他の艦への移乗も考慮してはいたが、まさかこんなことになるとは。ランチ受入先のホワイトベース級5番艦・ブランリヴァルへ最終確認を取らせて、自分もノーマルスーツを着た。その間にも次々と報告が入ってくる。状況は思わしくなく、民間人の避難が成功することを祈るばかりだ。そう思ってはっとしてブリッジを見渡して、ヘンケンは青ざめた。
「そこに居たコロニー公社のお役人はどうした!」
「ノーマルスーツを渡したんですが……」
「俺が探してくる! ブリッジを頼む!」
「艦長!」
 艦長のする事ではないとは思ったが、あのお役人の性格を考えると自分が動かざるを得ない。忌々しげに悪態をつき、ヘンケンはリフトグリップを握った。

 ジャック達はスルガに呼び戻され、スルガを守れる位置について指示を待った。
『ジャック・ザ・ハロウィン隊は、3号および4号ランチの護衛にあたれ!』
 スルガからの指示が各モビルスーツに飛ぶ。手元のサブウィンドウには、ランチ受入先となるブランリヴァルの情報と、周辺宙域の状況が表示されていた。ブランリヴァルは、今のスルガから見ると丁度ア・バオア・クーの向こうに居た。
(ぐるっと迂回するしかないな、でなければ戦場の真っ只中を突っ切ることになる……)
 ジャックは、手の汗を拭おうとして、既にノーマルスーツに身を固めていることを今更のように思い出した。それで代わりにフゥと大きく息をついた。戦場で生き抜くよりも、敵機を撃墜することよりも、重要であり困難な任務が目前に待ち受けていた。民間人を載せたランチの護衛。一歩道を逸れてしまえば、激戦の最中に突っ込んでしまう。
(やり通せるものか……)
 そのジャックの不安を先読みしたのか、アダム曹長の低い落着いた声音が届いた。
『我々だからこそ、この任務が与えられたんですよ、少尉殿。』
 キョウイチ伍長も、サブモニターの中で片目をつぶって見せた。
『ジャック・ザ・ハロウィン隊の名を、天下に響かせるチャンスですよ!』
「そうだな、曹長、伍長。何としてもやり遂げよう。」
 ジャックは、自分に言い聞かせるように大きくうなづいた。ヘンケン艦長は、このことを予見して『不測の事態に対応する』よう命じたのではないか。そこへ、ブリッジから通信が入った。
『ジャック少尉、よろしいか?』
「どうぞ!」
『3号ランチはエンジンの調子が思わしくない。二機ついてくれ。』
「了解した。4号ランチは問題無いのか?」
『大丈夫だ。よろしく頼む!』
「そういう次第だ。二機と一機に別れるが――」
 小隊長である自分が一機になるべきだ、そう思ったところへ、アダム曹長が言い切った。


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