アダムは、まだ少年の面影を残した上官の顔を覗き込んだ。
「あの日、申し上げたことを覚えていますか?」
「自分に自信のない人間を、他人は信じることは出来ないという……」
ジャックは、アダムの瞳の中に、あの日と同じ自分の顔を見ていた。
「覚えているじゃないですか。ジャック、貴方はもう立派に一人前の士官なんです。わたしが教えることなどもうありません。これからは、貴方が教え導く立場なんですよ。あのア・バオア・クーを一人で生き延びたんです。大丈夫ですよ。」
アダムは、その風貌にあってとても良い笑顔をつくるものだと、ジャックは感心していた。この笑顔に、自分は救われている――そう感じていた。
「ありがとう、アダム。」
見ていたら、自分まで顔がほころんでくる。頬が妙に火照っているようで、ジャックはナイフをまた動かしはじめた。
「さ、リンゴむけましたよ」
しばらくして、ジャックはアダムに嬉々として声をかけた。アダムは見舞いに貰った雑誌から顔をあげて、目をぱちくりさせた。
「ジャック……」
「何か変ですか?」
「ウサギリンゴなんてガキの時以来ですよ」
見事にウサギの形にむかれたリンゴを見やって、アダムはぼそりとつぶやいた。
「母上はいつもこうしてむいてくださるものだから……」
「母上さまですか……」
アダムは、改めてこのお坊ちゃんのお育ちの良さを思いやった。
「あぁ、でも士官学校に入学して以来お会いしていないんだ。――そうだ、アダム、怪我が治ったら一度うちへ遊びにきませんか? 乗馬をして、チェスをして――そうそう、ワイン蔵もご案内しましょう。蒸留酒の工場もありますし、礼拝堂のステンドグラスはそれは見事な細工なんですよ。如何ですか?」
「はぁ……工場やらなにやらとは町一周ご案内いただかないとなりませんな。そんなお気遣いは無用ですよ」
アダムはぽりぽりと頭を掻いた。ジャックはきょとんとして答えた。
「今のは全部うちの敷地内にあるんだ、気にしないで。」
「はぁ……」
「じゃ、来てくれますね。楽しみにしてますよ。」
ジャックは満面の笑みを浮かべている。アダムは黙って、ジャックのウサギリンゴをぱくりと口にした。
その約束が果たされないまま、ただいたずらに月日が過ぎ去った。ジャック・ベアード少佐はジャブローの地球連邦軍本部の廊下を、いつものようにオフィスへ向って歩いていた。いつもと違っていたのは、その日その時刻に、すれ違うはずのない人物とすれ違ったことだった。
「アダム曹長……?」
「少尉殿?」
あれから、四年が経過していた。
「失礼した、今は中尉だったな。」
「こちらこそ、少佐殿には失礼な物言いを」
「ジャックで良いですよ。」
ジャックが微笑むのに、アダムも応えた。
「アダムで結構ですよ。」
士官用のラウンジで、二人は空白の時間を埋めるべく話しはじめた。
「本当に……待っていたのですよ。なのにきっかり一ヶ月で貴方は前線に引き戻されてしまった……」
「上としては、使える人間にベッドは不要と思ったんでしょうな。あれからため込んだ有給休暇はかなりあったんですがね、かなりフイにしてしまいましたよ。」
「わたしも相当ためたものですが、少し前にようやく消化できました。」
言って、ジャックは胸元のロケットを抜いて見せた。
「ほぅ……」
そこに居た女性には、アダムも見覚えがあった。
「彼女がブランリヴァルでオペレーターをしていたのは、彼女のたっての希望だったらしいんです。軍人の家系に生まれて軍に身を置いた以上、配属は前線でなくてはならない、とね。その気概に彼女の父上も折れて、せめて最新鋭艦ならばとブランリヴァルへ配属させたようなんですよ。とはいえ、終戦までの一月ってことで、彼女も随分不満がっていたようなんですが……」
「ジャックと同じような境遇じゃないですか?」
アダムが目を細めている。笑っているのだ。
「そうなんですよ。それで、似た者同士意気投合しましてね。親同士も知り合いだったもので、婚約まではトントン拍子で進んだんです。でも世情というものがあるでしょう、新婚旅行なんてゆったりとはしていられなくて。ようやく、ハネムーンとしゃれ込んできたという次第なんですよ。」
ジャックは、少年の頃そのままという風に、頬を染めた。
「それは、おめでとうございました、というところですな」
アダムは心底この元上官を祝いたかった。ジャックは、なのに、顔を曇らせた。
|
|