Camille Laboratory : ZEGAPAIN Topゼーガペイン>創作小説>one and only

 帰宅して、シズノは白桔梗の浴衣にもう一度袖を通してみた。試着の際、店員が着付けを丁寧に教えてくれたのを思い出す。舞浜に来て、まさかこんなものを買うことになるとは予想外だったけれど、買い物に誘ってくれたイズミには素直に感謝しようと思った。

 夏祭りにかこつけてシズノに声を掛けてきた勇気ある男子生徒はいくらでも居た。でも彼らの言葉を聞く気にはなれなかった。今とここしかないこの舞浜で、彼らには彼らの世界があり、シズノにはシズノの世界がある。彼らの街であるこの舞浜にとって、自分は異邦人だ。関われば関わるほど、辛くなる。だからイズミ以外にはそう話をするクラスメイトも居ない。イズミには悪いが、シズノはイズミさえ友人とは思っていなかった。シズノにとって、親友と呼べるのはアークただ一人だ。彼女に出会って、友人とは良いものだと思い、彼女を知って、友人は彼女一人だけにしようと思った。関われば関わるほど、辛くなるから。

 ふとシズノは、鏡に映る、自分の身を包む浴衣の白い桔梗に目を止めた。桔梗の花言葉は『変わらぬ愛』、白桔梗なら『誠実』。この想いは彼に伝わるものだろうか。シズノにとってただ一人、誰よりも愛している彼に。

 ミナトにはあぁ言ってみせたし、実際どうということはなかった。それでも、ふと嬉しいと思ってしまった瞬間はあったのだ。彼が自分のことを訊いてくれた、柔らかい声で誘ってくれた。でもそれは、彼が自分のことをすっかり忘れてしまっていることの証左でもあるし、イズミとの約束のために誘いを断らなくてはならなかったことでもある。イズミとの約束がなければ、彼の誘いに応じていただろうか。そう思ってしまって、シズノは目蓋を半ば伏せた。そんなこと、考えたところで意味はない。
 だから、どうということはないのだと……そう思って、ほのかな歓喜も微かな落胆も切り捨てた。だからせめて、この浴衣で彼と同じ時を過ごせたら。言葉に出来ない想いを伝えられたら。しかしその彼にとっては、今の彼こそが唯一の彼なのであって。そう思えば、シズノの胸に密かな痛みが走る。

 白桔梗の花言葉には、ユートピアというのもあるのよね。
 それは本来、どこにもない場所のこと。普通は紫の花をつける桔梗の、珍しい白色の花。その幻のような花に託す想いは、シズノにとってただ一つ確かなことだと言えること。
 貴方を愛しています──と。
 シズノはそっと、自らを包む桔梗を抱きしめて瞳を閉じた。


(0608.10)

 → one and only : on that day (夏祭り当日)


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