Camille Laboratory : ZEGAPAIN Topゼーガペイン>創作小説>le parapluie rouge

 ヨーロッパでの大規模な作戦に合わせて、太平洋上では作戦コードCCが密かに開始された。オケアノスは敵の目をかいくぐるように単艦で大気圏を突破し、転送を待つゼーガペイン・アルティールのコックピットでは、キョウが緊張感を滲ませた低い声でリアシートのシズノに告げた。

「出来るだけ光装甲をカットして、QLを機動力に回してくれ。時間を掛けたくない」
 光装甲なくしてゼーガペインの防御性はありえない。思いがけないキョウの言葉に、シズノは前のめりに答えた。
「そんなの、無茶よ」
「作戦自体が無謀なんだ、このくらいどうってことはないさ。シマが言ってたろ、オレ達なら突破できるって」
 後ろを振り向いたキョウが、幾分穏やかな声音で、先のシマの言葉を複数形に変えて言うのに、シズノは微笑んだ。
「転送後、敵機が確認できなければその時点で光装甲を解除するわ。でも、敵に遭遇するまでよ」
「君に任せるよ」
「えぇ」
 頷くシズノを見て取って、キョウは前を向いた。

「月は、君の故郷なんだよな」
 そのキョウの言葉には、シズノは口では応えず、表情をふと沈ませた。
「お嬢さんを僕にくださいって、彼女の実家に乗り込むってこんな気分かな」
 前を向いたままのキョウのどこかおどけた声音に、シズノは丸くした目を瞬いた。そして、くすくすと笑い出す。
「もう、こんな時に冗談だなんて、キョウったら」
 振り返って、シズノの笑顔を見て、キョウの表情が緩む。

 こんな時にオレは冗談を言っている。シズノはそれを聞いて笑っている。
 ──オレ達は、大丈夫だ。

 キョウは前に向き直ると、コントロールグリップを握り締めた。
「って、冗談よね? 答えないと本気にするわよ」
 シズノがキョウにそう呼びかけたその時。
《ゼーガペイン・アルティール、転送》
「エンタングル!」
 キョウの声と共に、二人を乗せた機体は、光となって消えた。


 オケアノスからのゼーガペインの転送限界は100キロメートル。地球から月までの38万キロメートルに比べれば微々たる距離だ。衛星軌道まで上がったオケアノスから転送されたアルティールが目指したのは、眩い銀色に輝く月ではなく、ガルズオルムの軌道基地クラウドだった。

 太陽の陰になる位置から闇に紛れるようにその歪な塊に近付く、アルティールは光装甲を解除していた。単独で近付く敵機が居るとは想定していないのか、それとも巧みな罠なのか、周囲には不気味な静けさがあった。息を潜めてクラウドを目指す途上が実際の時間よりも長く感じられる。一刻も早く辿りつこうとして全展開している光子翼の光を消せないのが、キョウには何だかもどかしかった。

 クラウドに取り付いて内部の回線にアクセスし、基地の情報をスキャンする。シズノが探しているのは、一気に月へ飛ぶための扉だ。
「あったわ。右手に進んで」
 キョウの側のウィンドウにもその位置情報が表示される。キョウはアルティールに全速力で通路を進ませると、開けた空間に出た。
「これが、量子ポータル?」
 セレブラムの転送技術とは元は同根とはいえ、異質な転送装置として進化したガルズオルムの月への扉を見て、キョウは思わず瞬いた。シズノがパネルに指を走らせながらキョウに答える。
「えぇ。急いで、気付かれたら元も子もないわ」
 ここまで敵に遭遇しないで済んでいるのは、どう見ても上手く行き過ぎている。だがそれを幸いとして、行ける所まで行かなければならない。作戦はまだ、始まったばかりだった。


 量子ポータルで転送された先は、昼の側の月面上。ガルズオルムの本拠地、ジフェイタスの辺縁──のはずだった。
「こんな所に出ていいのか?」
「座標が違う、罠よ!」
 そうシズノが言った瞬間、キョウの表情が険しくなり、光装甲を解除したままのアルティールは回避行動を取った。

《Warning, Ulvorfuls approaching.》
「ウルヴォーフル、8機!」
「例の新型か」
 地上でも確認されている、ビーム砲を搭載した空戦機だ。その青い機体は漆黒の宇宙空間に溶け込んで、攻撃の際にだけその位置を教えてくれていた。月面を駆け抜けながら、キョウはシズノを振り向かずに言った。
「装甲はまだだ、先にランチャーとシールドを!」
 キョウの指示にシズノは軽く唇を噛んだ。この数なら、彼なら大丈夫だ。
「了解。光波紋フィールド形成、ホロニックシールド、左手。続いてランチャー右手!」
 装甲出力をカットしてQLを機動力に回している分、アルティールの動きは軽い。ウィザードとして有能なシズノのサポートのおかげで、月面という低重力環境での機体の操縦性も問題はない。後はガンナーのキョウの射撃さえ確かなら、8機くらいどうということはないはずだった。だが、シミュレーションとは調子が違って中々撃墜できない。

「やけにしぶといな」
「地上で確認されたものとは桁が違う、別物よ」
 文字通りの片手間に敵機の解析をしていたシズノがそう答えると、キョウは軽く舌を打った。
「ベータ版のテストにつき合わされたってことか」
「そんな所ね。クラウドの情報をスキャンした時には気付かれていた、でも彼らも量子ポータルを傷つけたくはなかった。だから見逃す振りをして、私達をこの実験場へ送り込んだのよ」
「実験場、か」
 実験されているのは、敵機なのか、それとも自分達なのか。そんな余計な考えを頭から振り払って、キョウは目の前の敵に向かってトリガーを引く。これでようやく撃墜数は4。
「帰りに量子ポータルは使えない。片道切符になったわね」
「まだそう決まった訳じゃない」
 シズノにそう答えながら2機をまとめて仕留める。キョウは既に新型の動きに順応していた。残りは2機かという所で、アルティールの機体は不意に後方を振り向いた。

《Warning.》
「2時の方向、数、12!」
 そのシズノの声と同時に、飛び下がるアルティールは鮮やかな緑色の光を纏った。挟撃され被弾する衝撃に顔をしかめながら、キョウはリアシートを振り向いた。
「まだ早いっ!」
「貴方を死なせる訳にはいかないわ!」
 シズノの言葉に、キョウは口の端を上げただけで応えると、アルティールに月の大地を蹴らせて、飛翔した。
「なら、さっさと終わらせるさ!」

 光子翼を全展開し、ウルヴォーフルよりも上方の高度を確保したアルティールの視界では、昼の側の月面の明るい大地に、敵機の位置がはっきりと分かる。敵機からも、漆黒の宇宙空間を背景に眩い光を纏うアルティールの位置が光学センサーに把握されているのは同様だろうが、光装甲の防御性とアルティールの回避行動は完璧だった。挟撃を仕掛けてきた8機を返り討ちに仕留めて、更に角度を見定めたキョウが慎重にトリガーを引く。その一撃で2機が同時に炎の花と散り、そこに1機が巻き添えとなって誘爆していく。これで残りは3機。完全にいつものペースを取り戻した。
「三、二、これで終わりだ!」
 そのカウントダウン通りに敵機を撃墜して、アルティールは月面に降り立った。


 アルティールは光装甲を展開しつつも出力をやや下げて、その分のQLを光子翼に回して全速力で飛行していた。本来の目的地であるジフェイタスの辺縁がようやく視界に入ってきた。
「戦闘可能時間、残り1分42秒」
「大分減ったな」
 実験場に寄り道させられた上に、途中で追撃機を叩き落した分も含めて、ここに至るまでに大幅にQLを消費してしまっていた。シミュレーションでの予測よりも小さい残存QLの数字をシズノが挙げるのに、キョウは唇を噛んだ。目の前には、お馴染みのハゾンマイヤが9機も待ち受けていた。歩くミサイルポッドといった趣の機体を見据えたアルティールは急旋回しながら月の大地へと降下する。

「カタナっ!」
「了解」
 キョウの指示に、シズノは右手のランチャーをブレードに換装する。光装甲の輝きが増し、ハゾンマイヤのミサイルランチャーの大群をかいくぐってその懐に飛び込む、アルティールの光の剣の一閃でその場の3機が沈黙した。残りの6機が同じ運命に遭うのも時間の問題だった。

《No response of enemy units in this area.》
「敵機は殲滅できたけれど」
「警戒網には火が付いてるな。QLは?」
「戦闘可能時間、残り53秒。ちょっと厳しいわね」
 厳しいなどというものではない。これでは片道切符を使い切れるかどうかの瀬戸際だ。
「扉は目の前なんだ、増援が来る前に何とか飛び込めれば」
 キョウが焦りを滲ませてそう口にした時、二人の会話に割り込んできた声があった。
「この周囲の警戒システムを妨害しています、急いでください」
「誰だ?」
 険しい表情のキョウに答える、シズノの声は力強いものだった。
「シマのオリジナルよ」
 えっ、と声を上げる間もなく、キョウの視界は一変した。




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