Camille Laboratory : ZEGAPAIN Topゼーガペイン>創作小説>le parapluie rouge

「キョウ、明日の新入生歓迎会のことなんだが」
 シマが眼鏡を直しつつそう言うのに、キョウはあっと小さく声を上げた。舞浜南高校の1学期の最初の生徒会主催の行事だ。1年生のキョウは生徒会の役員ではなく、歓迎される新入生の側だ。とはいえもうこれで4回目なのだが。その新入生歓迎会は、生徒会長のシマと、たった一人の水泳部員ということになるキョウとが、舞浜南高校で初めて公式に顔を合わせる場面となっていた。

「そうか、それがあったんだ。ま、オレが居なくても何とかなるだろ」
「君はそれで良いのだな」
 腕組みをした恰好で確認を求めるシマの声はいつもながらの冷ややかさだ。それでも、言葉の裏側に隠された彼の真意を汲んで、キョウは表情を緩めてみせた。今舞浜を離れても良いと言ったのは、シマの思惑があろうとなかろうと、間違いなくキョウ自身の意思によるものだ。

「何度も同じことを繰り返してるんだ、今回くらい出なくてもいいだろう」
 新入生歓迎会に出なくても、水泳部の友人達とはどうせ同じ喧嘩を繰り返すことになるのだ。そして、また仲直りすれば良い。
「分かった、何とかしておこう」
「頼むよ、生徒会長」
 頷いてくれたシマにキョウはそう言うと、欠席通知も出しておいてくれと言って、ブリッジを出て行った。

「欠席通知、か」
 キョウがそれ以上何も言わなかったということは、舞浜を不在にする間の、サーバー内でのキョウの扱いは、舞浜サーバーの管理者権限を持つシマに一任されたということだ。とはいっても、完全にコントロールできるものでもなく、あくまでパラメータに手を加える程度のものでしかないのだが。
 ヨーロッパでの死傷者の数は相当数に及ぶと聞いている。それなりの期間、キョウの姿は舞浜から消えることになる。それは彼自身が決めたことだ。
 顎に右手の指を当てて思案顔を作ると、シマは司令席に戻った。


 シズノと二人きりで月まで行って、帰ってきたと思ったら今度は二人きりでヨーロッパか。
 またしばらくカミナギの顔を見なくなるな。
 そう思ったキョウは、一人、溜息をついて頭を振った。

 キョウがイェル=シズノと出会ったのは、3回目の舞浜の夏の最中。パートナーを組むようになって、自分でも制御しきれない勢いで彼女との関係を深めてしまって、まだそう長い時間は経っていなかった。
 それは彼女がイェルだから──いや、シズノだから。

 銀色の雨に煙る森で、二人の前には死というものがあった。自分が後悔したくなかったから、彼女にも後悔なんてさせたくなかったから、残された僅か数分だけでも、ミサキ・シズノという名前を持つ彼女と同じ未来を見ようと思った。闇に囚われた彼女を救いたかった。二人を救った光の中で、その想いはそれからの日々を生きる糧となった。
 彼女の求めに応じて、キョウは彼女のデータを書き換えた。再び唇を重ねて感じられたのは、想いを繋ぐ絆の在り処。赤い糸などという古い言葉があるけれど、キョウとシズノを繋ぐ色は、燃えるように鮮やかな赤。
 シズノに対して抱いている感情を何と定義して良いのか分からない。もしそれを恋と呼ぶのなら、恋に落ちるのに理由など要らない。二人で過ごしたのは、まさに眩いばかりの夏の日々。

 夏休みの間はそれでも良かったのだ。リョーコには、学校は休みだけれど水泳部の部活は今が一番忙しいなどと言って、まだ何とか取り繕っていられた。8月31日になればリョーコの記憶は消えてしまう。そうすれば、何も知らないままの彼女がそこに居る。それが分かっていたからだ。
 リョーコは何も知らなくていい。暖かな巣に抱かれて、夢を見ているままでいい。
 その巣を守るために、こうして命を懸けているのだから。

 だが舞浜サーバーがリセットされ、再び4月に戻った今となっては、これから1学期の間、キョウは毎日同じクラスでリョーコと過ごすことになる。リョーコの顔を見る度に、シズノのことを思い出してしまう自分が居る。

 あいつ、妙に勘の良い所があるからな。
 その思惑に、キョウは軽く唇を噛んだ。

 キョウがシズノと出会ってからの、先の夏の短い間でのキョウの変化を、リョーコは敏感に感じ取っていた。リセットされて一旦事なきを得たとはいえ、今のままの揺れ動くばかりの姿を晒していれば、いずれリョーコはキョウの中にシズノの存在を明確に感じ取るだろう。そうなれば、キョウにほのかな想いを寄せてくれているリョーコを傷つけるばかりでなく、彼女に世界の真実の扉を開く鍵を与えてしまうことにもなりかねない。
 それは、キョウにとって何としても避けなければならないことだった。

 キョウは、セレブラントとして目覚めて初めてのリセットを経験した時のことを思い出していた。中学生の頃と変わりなく、気の置けない幼なじみのリョーコと一緒に過ごしていた8月31日は、舞浜の夏が終わる日だった。彼女の気持ちに気付いても、自分は──いや、二人はそこから先へ進めないのだと分かってしまったあの日。繰り返す時の向こうへ彼女は帰ってゆき、自分だけが置き去りにされた。

 リョーコのことをどう思っているのか、好きか嫌いかで問われれば好きなのだろうとキョウは思う。それでも、進展しないと分かっている関係に、本気にはなれない。そう思う一方で、自分も本気で居たいという想いも募る。本気で自分を見つめてくる、リョーコと同じように。

 いっそリョーコに洗いざらい打ち明けてしまおうかと思ったことも、一度や二度ではなかった。世界の扉を開けてみせて、リョーコと同じものを見て、同じものを信じたいとも思った。けれどその度に、そんな考えを頭から振り払った。それは、リョーコに同じ痛みを押し付けることになるからだ。自分勝手な思惑で、彼女を危険に晒す訳にはいかなかった。

 キョウがすべきことは、リョーコを、彼女の居る舞浜を、何としても守り抜くことだった。それがリョーコに対して示すことの出来る、キョウの本気だった。リョーコに対して本気でありたいがために本気にはなれない自分が、キョウにはもどかしかった。そんな気持ちが宙に浮いているから、二人で同じ未来を向いて本気になれる関係を求めて、シズノに惹かれてしまうのだろうとも思う。

 リョーコを守りたい。その想いは決して変わることはないのに。
 そのためにリョーコから、舞浜から離れた方が良い。そう思う日が来るとは思わなかった。




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