Camille Laboratory : ZEGAPAIN Topゼーガペイン>創作小説>illusional summer sketch 夏のスケッチ

「そりゃあさ、こうやって……『先輩、』」
 キョウは鉛筆を持った右手で、空中を指した。その先には、シズノが居る。キョウは鉛筆の先で二回、空中を突いた。そしてリョーコがキョウの手元で広げたスケッチブックに向けて一回突いて、首を傾げる。
「『描いて良い?』って。したらさ」
「『良いわよ』って、答えただけよ」
 シズノはそう言ってキョウに微笑んで頷き返した。リョーコはそんな二人を見比べて、目をぱちくりさせた。

「それだけ?」
「それだけ。誰でも分かんじゃん、そのくらい」
「そうかなぁ」
 リョーコの視線がキョウからシズノに動く。シズノは微笑を湛えたまま、口を開いた。

「でもまさか、四枚も描かれてたとは思わなかったわ」
「だって先輩そこでずーっと大人しくしてくれてるからさ、カミナギより描きやすかったぜ」
「何よそれ」
 ぷいっと顔を背けつつ、リョーコは再びキョウのスケッチブックに目を落とした。

「シズノ先輩だよね、これ」
「他の誰に見えるってんだよ」
「ううん、先輩なのは先輩なんだけど、誰かに似てるの。誰なんだろう」
「知るかよ」
 キョウは憮然としてリョーコからぷいっと顔を背けた。誰かに似てる──謎の転校生、ミサキ・シズノが一体誰に似ているというのだろう。さっぱり分からない。
 そう思った時に、微かな痛みがキョウの胸の内を走った。その痛みさえ得体は知れない。リョーコは一体何を言いたいのだろうか。

 そんな思惑を巡らせているキョウの横顔と、キョウの描いたシズノとをリョーコは何度も見比べて、そしてシズノを見る。シズノの表情に、何かはっとした様子が過ぎるのを見たようにリョーコは思ったが、それは一瞬で消えてしまった。

 コンソールに向き直ったシズノの横顔を見遣るシマの視線に目を留めたルーシェンは、鉛筆を片付けるキョウの脇に静かに腰掛けた。
「お疲れ」
「……おぅ」
「君らしい絵だよ、本当にね」
「何が言いたい?」
 さっきも同じような会話をしている。そうキョウは思うのだが、ルーシェンの声音には揶揄は感じられない。彼にしては珍しく、素直な言葉を口にしているようだった。

「あんなシズノは、久しぶりに見たな」
「えっ?」
 キョウがそう戸惑っても、ルーシェンは穏やかな笑みを浮かべたままだ。視界の端を、司令席に戻るシマと、彼についていくミナトが横切っていく。
「君は、君にしか描けない、実に良い絵を描いたのさ」
「……わけわかんね」
 そうルーシェンに答えて、キョウはシズノの方を見遣った。彼女がコンソールに向けているのは、無表情とも取れるようないつもの涼しい顔。
 手元のスケッチブックの、自分の描いた拙いシズノのスケッチには、どこか優しげな微笑が写し取られている。キョウは目蓋を伏せて、拳を軽く胸元に当てると、シズノの顔を思い浮かべてみた。そこには同じ微笑があった。
 そう思えて、自分でも口元を綻ばせると、静かにスケッチブックを閉じた。

「シズノ先輩に、見せなくていいの? キョウちゃん」
「良いんだよ」
 シズノが舞浜南高校に転校してきたばかりの頃、彼女を探すのにキョウが記憶を頼りに描いたシズノの似顔絵を見て、シズノは微笑んでその絵を欲しいと言ってくれた。トミガイやリョーコには、こんな絵では見つかるものも見つからないと散々揶揄されたものだったのに。
 今回はちゃんとシズノを見ながら描いたから、その時よりは良い絵になっているとは思うけれど……見せるなら、今でなくて良い。キョウはそんなことを考えていた。


「あとは風景と静物五枚ずつだね、どうしよっか」
 リョーコがそう言うのに、キョウは振り向いて答えた。
「風景は、海浜公園行って描くんだろ」
「あ、良いねそれ」
「トミガイも誘って、ロケハンついでにって、お前が言ったんじゃねぇか」
 キョウがそんなことを言うのに、リョーコは瞬きをした。

「私そんなこと言ったっけ?」
「言ったさ……って、言ってなかったか?」
 確かにそう聞いた気がする。でもそれは、今しがたのことではなかったかも知れない。どうにも時系列が混乱するキョウだったが、これもデジャビュというものなのだろうかと思って、今は忘れることにした。

「ま、いっさ。じゃ、風景はそういうことで」
「静物は?」
 課題では、花や果物、器物などの静物画を五枚描かなくてはならない。キョウは首を捻った。
「スイカ買ってさ、それ描いて。後で皆でスイカ割りやって食えばいーじゃん」
「一石二鳥だねー。でもスイカばっかり五枚も描けないよ」
 リョーコの言うことも尤もだ。キョウは顎をいじりながらうーんと考えた。

「じゃ、ビーチボール」
「丸いものから離れようよ」
「いーじゃんかよ、楽で」
「甘いよキョウちゃん、丸って描くのが一番難しいんだよ」
 絵が得意なリョーコにそう言われたら、自分はどうすれば良いんだ。キョウは髪をぐしゃぐしゃとかきあげた。

「そっかぁ? んじゃあ、オーヴァル」
「って、あの浮遊砲台?」
「そ。シミュレーションで出てきたろ、あのやたら堅くて鬱陶しい丸い奴」
 キョウが言うのは、ガルズオルムの浮遊砲台のことである。堅牢な球体の正面に展開するユニットからの攻撃が強力だが、その攻撃時がこちらからの攻撃の最大のチャンスともなる、厄介な相手だ。リョーコは苦りきった声で答えた。

「だーから丸いのは止めようよ、ていうか、ダメじゃんあんなの、静物じゃないよ」
 やっぱし? とリョーコに答えて、キョウはがっくりと肩を落として盛大に溜息をついた。
「あーもーかったりー宿題だなぁもぉ」
「お花とかさ、描くものは一杯あるよ。だから一緒に頑張ろうよ。ねっ」
 そのリョーコの笑顔に、キョウはふと表情を緩ませた。

「そうだな、八月三十日までには終わらせないとな」
「そうだね」
 その言葉に、隣で黙って聴いていたルーシェンがはっとする。次の日は、八月三十一日。ちらっとシズノを伺うと、やはりこちらを見ている。

「何で八月三十日なんだ?」
 ルーシェンがそう訊いてみると、キョウとリョーコは顔を見合わせてクスリと笑った。
「八月三十一日は、約束があんの」
「そうそう」
 二人はきっと何事もなく、その日を迎えられると信じているらしい。そう思うと、ルーシェンは知らず知らずの内に握り締めていた手が汗ばむのを感じた。一方シズノはコンソールでの作業を終えたらしく、司令席へ向かうべく黙ったまま踵を返していた。


「こちらは終わったわ」
「ありがとう、シズノ──良いの?」
 キョウとリョーコの訓練用のデータを渡されて、ミナトはシズノにそう訊いた。
「何が?」
 シズノがミナトに聞き返すと、ミナトの視線は、ブリッジの下のフロアに向いている。シズノはそっと、目蓋を伏せた。
「良いのよ」
 それだけ言って、シズノは司令席を辞した。ミナトはその後姿を見送って振り向くと、まだ後ろを見ていたシマと向き合う恰好になった。

「以心伝心というのは、難しいものだな」
「はい?」
「ふと通じることがあれば、通じないこともある。人の心のなせる業、か」
 それだけ言って、シマはミナトが解析を済ませた範囲のリョーコのデータに目を落とした。ミナトもまた手元にある解析中のデータを見ながら、ふとブリッジでの出来事を振り返った。
 リョーコがキョウとの間に持つデータリンク。その一方で、視線と鉛筆の動きだけのやりとりで意思の疎通が出来てしまったキョウとシズノと、キョウのことをずっと意識していたのにそれに気付かなかったリョーコ。そして、シマが司令席を見遣った視線の意味を汲み取りきれなかった自分と、それを理解したリョーコと。
 以心伝心が一体どういう条件下で成立するかなど、データとして数値化できるものなのだろうか。たとえ自分達の幻体データというものが、数字の羅列に置き換えられてしまうようなものだとしても。

 一方シマは、リョーコにイェル=シズノを描かせてみたかったな、などと考えを巡らせていた。キョウがあの性格そのままの荒削りな描線で、それでも的確に写し取ってみせたイェルの微笑。リョーコの見事な手は、それをどんな風に描いただろうか。それが見られなかったのは残念だ。
 次の夏休みには、二人はまたここで宿題を片付けようという気になるだろうか。──いや、そもそも次の夏休みは、ここにやってくるのだろうか。そんな先のことは分からない。


 幻のような舞浜の夏が一日一日と過ぎていき、スケッチブックの余白は一枚一枚埋まっていく。そしてその夏が終わる八月三十一日に、舞浜サーバーは処理能力の限界からリセットされる。

 時がループする舞浜の街に九月一日の朝は来ない。キョウがリョーコと一緒に取り組んだ夏休みの宿題は提出されることはなく、何もかもが一四九日前に戻ってしまう。そして幻体達は五ヶ月間の記憶をなくし、記憶を保ったままのセレブラントと共に、同じ出来事を繰り返す。忘れていたその世界の真実を、キョウは果てのない痛みの中で知ることになるのだった。


(0612.29)




あとがき

 本編#13「新たなるウィザード」中。ドラマCDのep2「entanglement 13.3」と同じような挿話になりましたが、こんな場面があっても良いのかなと。美術の宿題でスケッチ20枚というのは、自分が高校1年生の時に実際に出されたものです。普通科の進学校でしたが。
 キョウの美術の才能については#02で画面に出ている通りですが、リョーコは絵が得意だというのは想像できる範囲かなと思いつつ、絵が上手いのは#22のEDを描いたミナトじゃないのという話もあるんですが、ややこしくなるので音楽選択に。イリエが茶道部というのは先の『夏の茶会』をどうぞ。
 メイウーの「今、目の前にある実物より、良くない?」と、キョウとリョーコの「八月三十一日は、約束があんの」については一応ドラマCDネタです。ゼーガスキーなら必聴盤ですのでこちらも是非に。


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