Camille Laboratory : ZEGAPAIN Topゼーガペイン>創作小説>snow and rainbow 雪と虹

【rainbow in the South of Chiba】

「よっ、カミナギ」
 いつものようにその声が聞こえて、笑顔のソゴル・キョウの姿が目に入る。ふかふかの白い毛糸の帽子から赤い髪がのぞいている、外は随分寒そうだ。
「メリークリスマス、キョウちゃん。プレゼントあるからね」
 ゼーガペイン・アルティールのリアシートで、七色の毛糸を編みこんだマフラーを巻いたカミナギ・リョーコがそう答えて微笑むと、キョウは顔の前でぱんっと両手を合わせた。
「あーわりぃ、こっちは用意できてねーわ」
「いいよ、貸しにしとくから。──あ、来た来た」
 リョーコの声にキョウが夜空を見上げると、三色の光がこちらに近付いてくる。光は次第に大きくなって、キョウとリョーコのアルティールを挟むように千葉県南部の浜辺に降り立った。

「よう、ちゃんと生きてたな、ソゴル・キョウ」
「やっぱ俺達は邪魔だったかな」
「クリスマスなんだ、皆でぱぁっとやろうぜ」
 キョウに次々に声を掛けるのは、ドヴァールカー所属のガンナー達だ。
「トガ、クリス! ソーまで、って、いぃのかこんなん?」
 キョウの問いに、クリスが空に向けて指を差した。
「可哀相だが、ムエージェとミオが待機してる。ドヴァールカーはすぐ上だ。心配するな」
「ちょっかい掛けてくる奴らが居たら、まとめて返り討ちにしてくれるぜ」
 血の気の多いトガの言葉に、キョウは笑みで答えた。
「そうだな」
「でも今は、クリスマス停戦じゃないのか?」
「お前いつの昔話だそれ。前世紀の遺物を持ち出すなよ」
 ソーの軽口を、彼のリアシートについたサラが苦笑しつつまぜ返した。ガルズオルムはそういう事情が通用する相手とは思えない。残存部隊の掃討には今しばらく時間が掛かりそうだった。

「ほんとありがとうな、皆来てくれて」
「もう一人、忘れてないか?」
 クリスが笑みを含んだ声でそう返すのに、キョウは再度夜空を見上げた。身を乗り出して、思わず目を見開く。
「あれは……」
 忘れもしない赤紫の光が、クリスのフリスベルグの隣に降り立つ。そのガルダのキャノピーが消えると、銀色の髪がキョウの方を向いた。
「ルーシェン!」
「ドヴァールカーの待機リストに入れてもらった。時間が掛かってしまったけれど、君との約束を果たすためにね」
「……舞浜サーバーを、守るって」
 キョウの言葉に、ルーシェンは何か熱いものを秘めた笑みで頷く。身を賭してその戦いに臨んだ彼の姿を思い出せば、こういう形で果たせた再会はキョウには嬉しかった。
 ──いや、その直前の一件は、とりあえず今は忘れよう。キョウがそう思ってぶんぶんと頭を振るのを、ルーシェンは余裕の笑みで平然と見つめている。互いのリアシートのリョーコとメイウーが、その様子にクスリと笑った。

「ルーシェン、お姉ちゃん! 本当にもう良いのね!」
「平気よ、メイイェン!」
 クリスの後ろからメイイェンが手を振るのに、メイウーも手を振り返しながら地上に降りて、双子の姉妹は笑顔で抱き合った。他の面々もコックピットから降りると、勢揃いした五機のゼーガをそれぞれに見上げた。キョウがひゅう、と声を上げる。
「壮観だな」
「綺麗だねー、虹みたい。七色には色が足りないけど」
 青紫のソーのガルダから、二色の緑のトガとキョウのアルティール、橙色のクリスのフリスベルグ、そして赤紫のルーシェンのガルダまで、丁度光のスペクトルの順に並んだ五色のゼーガの光装甲は、確かに地上に降りた虹のようにも見えた。
 舞浜の街のクリスマスのイルミネーションも綺麗だけれど、ありとあらゆる色が満ち溢れる現実に存在する、この光の美しさには敵わないかなとリョーコは思った。
「虹が七色だっていうのは、世界共通の認識ってもんじゃねぇんだぜ」
「え、そうなの?」
「皆に訊いてみ」
 自分の虹色のマフラーを見直すリョーコにそう言って、キョウは水泳部分室に荷物を搬入するドヴァールカーの面々を示した。

 ルーシェン達は五色だと言い、他の面々は六色か七色かで首を捻っている。まさに世界とは、虹色の如くに多様なものなのだ。虹は七色だと信じ込んでいたリョーコは目を丸くしながら、イゾラのプレゼントであるクリスマスディナーを頬張っていた。
「んまー。生きてて良かった」
 キョウにもディナーのプレゼントがあって、幻体である一同とは違う皿からだが、一緒に食事を楽しむことができた。普段とは違う食事と、それを囲む仲間。イゾラ達の心づくしが、何よりの味付けとなっていた。
「お口に合って良かったデス。データとしては完璧でも、実際の味見はキョウさんにしか出来マセンから」
「ほんと美味いって、さんきゅ。イゾラ司令にもちゃんと礼を言わなきゃな」
 ドヴァールカーで今回の作戦の指揮を執ったらしいメイヴェルにキョウがそう答えると、トガがグラスをあおって口を開いた。
「礼を言うのはこっちだ。お前が居なかったら、俺達はこんなことしてねぇからな」
「確かに忘れていたな、色々なことを。クロノメーターは時を刻んでいても、日付は意味をなさなかった。いや、その意味を忘れようとさえしていた」
 感慨深げに言葉を紡ぐクリスの一方で、メイヴェルは指先をこっそり舐めた。
「次は何度目の誕生日かな〜なんて、考えたくありマセンよね」
 それを聞いて、女性陣が一斉に笑う。それでも、止まっていた時間は動き出したのだ。キョウは壁に掛けた時計とカレンダーという、ありふれた光景を改めて見つめた。

「そうだカミナギ、今度はおせち頼むぜ」
「うん、準備はしてるよ。舞浜のデパートだと、有名店のはもう売り切れてるけど」
「何じゃそりゃ」
 そういう風習まで厳密に再現されているらしい、キョウの知らない舞浜サーバーの冬の風景を思い浮かべて、つい表情が崩れる。二人のやりとりを不思議そうに聞いていたソーがリョーコに問い掛けた。
「おせちってのは何だ?」
「日本の、お正月料理です。栗きんとんとか、黒豆とか、海老とか、紅白かまぼことか、お煮しめとか。おめでたいものでお祝いにするんですよ」
 得意気に並べるリョーコにキョウが顔を向ける。
「ごまめを忘れんなよ。あと数の子。雑煮はおすましで餅は丸な。別に角でもいいけど、餡餅は入れんじゃねーぞ。あの雑煮は白味噌仕立てだからな」
「うん。さすがだねキョウちゃん」
 リョーコが苦笑交じりにそう答えるのに、ルーシェンが口を開く。
「いや本当にキョウは素晴らしいよ、その実像がどうあろうともね」
 ルーシェンの澄ました顔をまじまじと見て、キョウがぼそっと低く呟く。
「そりゃお世辞だ、って突っ込んで欲しいのか?」
「俺のツッコミは君しかありえないからな」
「ボケるにしたっておせぇんだよ、タイミングわりぃな。つか、外の気温より寒いっつーの」
 ぶーたれながらもどこか嬉しそうなキョウの一方で、涼しい笑みを崩さないルーシェンという絡みを見て、旧オケアノスクルーばかりでなく一同に笑いが広がった。

「今晩がクリスマスイヴってことは、そろそろ竹切りに行かねぇとな」
 そんなことを言うキョウに、リョーコは箸を休めて聞き返した。
「門松の?」
「そ。舞浜に住んでた頃には、そんなことしたことなかったのにな。日本人の血が騒ぐわ」
「気をつけてね。でも分かるな。私も何だか、久しぶりの年賀状に気合入っちゃった」
「そっか」
 他愛ない、年末ならではの会話が楽しい。こういう会話が出来るようになって良かった、キョウはそう思うのだけれど、それでもまだ舞浜サーバーのループは止められないのだ。皆をあの箱の中からこの現実世界に出してやるまでは、また全く同じ年末の風景が繰り返されることになる。ふと考え込んだキョウに、リョーコが顔を近づけて囁いた。
「ね、キョウちゃん。もう一つ、プレゼントがあるんだけど」
「何だよ」
 リョーコは立ち上がると、キョウを外へ連れ出した。


「寒いんだね。キョウちゃんの息、真っ白」
「あぁ、さすがに冷えるぜ」
 紺色のハーフコートを着込んだキョウは、ぶるっと体を震わせた。幻体であるリョーコは、現実世界への干渉ができない存在だから、キョウが感じている実際の気温をその通りに感じることもできず、吐く息が白くなることもない。二人が見上げる夜空には月と星とが輝いていて、放射冷却で気温は下がる一方だった。しかしそんな空から、ありえないものが降って来る。キョウは瞬きをして、月明かりの夜空を見上げたままぽかんと口を開いた。
「雪……?」
「うん。舞浜と同じホワイトクリスマスってね。イゾラ司令に、頼んじゃった」
「カミナギが?」
 こくんと頷くリョーコに、キョウは少し身を屈めて告げた。
「さんきゅ」
 元々キョウの背は高い方だったけれど、それがまた伸びている。彼と自分とでは住む世界が違い、時間の流れが違うことを改めて思い知らされて、リョーコの胸が微かに痛んだ。キョウが手のひらに雪を受けると、そのささやかな結晶の集まりは、すぐにキョウの体温で融けてしまった。

「人工の雪だしな、しゃあねぇか」
「そうだね」
 そう答えるリョーコの手では雪は融けることなく、リョーコをすり抜けて地面に落ちた。雪がリョーコのホログラフィを掠めていく度に、その姿にノイズが走る。
 手のひらですぐに融けるような作り物の雪であっても、幻体であるリョーコとは相容れない実体であることには変わらないのだ。その様を見たキョウはハーフコートを脱ぐと、リョーコと自分の頭とを覆うように被せた。左手はリョーコに触れない位置で、彼女を守るように。
「それじゃキョウちゃんが寒くなっちゃう」
「寒かねぇよ、ここが、熱いから」
 右手で軽く胸を叩いて、キョウは笑ってみせた。

 普段なら、そんなキョウにはリョーコは何か軽口を返してみせただろう。でも今は、そういう気分にはなれなかった。
 一つのハーフコートの下、彼に寄り添い抱かれるような、限りなくゼロに近い距離。なのに触れ合えないまま、一緒に儚い雪を見ている。それはキョウに会いに来る度に思い知らされる現実だから、分かりきっていることなのに、今はこんな寒空の下で彼の温もりを感じられない自分の存在が、リョーコには悲しかった。なのに、いやだから、その想いは止められなかった。

 身を屈めているキョウに、リョーコが唇を寄せてくる。それでも触れないぎりぎりの所で止めて、僅かに顎を引くと、どこか幼さを残す掠れた声で笑った。
「寸止めって、やっぱ辛いね」
 うつむいたリョーコをじっと見つめて、目蓋を伏せたキョウは潤いを含んだ声でそっと囁いた。
「じゃあ、突き抜けちゃえよ」
 その言葉にリョーコははっと目を見開いて、そして自分も目蓋を伏せると、再びキョウに唇を寄せた。微かなノイズが走って、リョーコのホログラフィが乱れる。それは、触れられない彼に触れた証。反射的に身を引いたリョーコの頬を、熱いものが伝わる。
「泣くんじゃねぇよ」
「……うん」
 リョーコの涙を拭ってやることも、寒さではないものに震えるその肩を抱き締めてやることもできない。ハーフコートの端を握る左手に力が入って、爪が食い込む痛みにキョウは口を結ぶと、乾いた唇を舌の先で密かに湿らせた。
 必ずまた触れ合える。
 その誓いは、胸を熱くする。

「なぁカミナギ、訊いてもいっか?」
 いつしか雪は止んで、リョーコに言われてハーフコートを羽織りながら、キョウは尋ねた。
「なに?」
「舞浜、えれぇことになってんじゃね?」
 高めの声音で問いながら、キョウは目をすがめてみせた。リョーコは掠れた笑い声を上げた。
「あはは……積雪20センチは固いね」
「やっぱし」
 現実世界ではささやかな雪だったけれど、舞浜はそんなことになっているのか。首謀者は多分ミナトだなとキョウは軽く頭を抱えた。まぁ一度やれば懲りるだろう。
「今晩だけだし。明日から三が日までずっと晴れだもん、すぐ融けちゃうよ」
「20センチの雪はすぐには融けねーよ。明日の朝気をつけろよ、スカートなんかで外に出んなよな。……あん時みたいにすっ転んでも、起こしてやれねぇんだから」
「そうだね。ありがと。あの時も、今も」
 月面の、シマのオリジナルのラボに積もった雪の光景を二人は思い浮かべていた。キョウに答えるリョーコの笑顔がいとおしいと思える一方で、彼にはどうしても気になる顔があった。リョーコからそっと視線を外して、キョウは口を開いた。
「シズノにも──多分雪のことなんて何も知らないから。いつか融けるから、恐がらなくてもいいって」
「うん。先輩のことは任せといて」
 そう答えるリョーコをキョウは振り向いて頷き、ふぅと白い息を吐くと、ふと夜空を見上げた。

「おいカミナギ、見ろよ。月虹だ、月の虹」
 声を上げるキョウの指差す方を見上げても、淡い光しかリョーコの目には見えない。
「あー、あのぼーっとしたの? 七色に見えないよ」
「月虹は光が弱いから、色を見分けるのは難しいな。でもこんなのって……雪なんて降らせたからかな」
「珍しいよね。皆にも見せてあげたいな」
 そう言うリョーコに、キョウは思案顔を作った。
「露出を長くして撮影すると、七色に見えるらしいけど」
「えーっじゃカメラ持ってくる!」
「間に合わねぇよ。それより、消えるまで見てようぜ」
 うん、とリョーコは答えて月虹を見上げた。

 これはきっとキョウからの贈り物。幻のような儚い光だけれど、この本物の世界の有様を映し出す月の虹。
 触れ合えなくても寄り添ってくれるキョウの横顔を見て、あの雪の中で握り合った手の温もりと、舞浜で確かに触れ合った唇の熱さとがリョーコの体に甦る。それは記憶領域に残るただのデータかも知れない。でも今確かに感じられる、キョウの心の温かさと同じものだとリョーコには思えた。
 そして自分の胸の内のこの熱さを、きっと彼も感じてくれている。虹の架け橋のように想いを繋ぐ絆が、二人の間にはあるのだからと。


(0612.29)




あとがき

 ROCKY CHACK「CHRISTMAS SONG」を聴いて書かずに居られなくなりました。
 雪編の、スタンダールの『恋愛論』はドラマCDネタです。シズノと雪の話は「七月の雪」もどうぞ。
 虹編の、五色のゼーガは想像するだけでうっとり。ルーシェンは日本語で地口を考えてるので彼なりに頑張ってボケてくれてるんですよーとか。
 キョウが食べてるディナーはデータから実体化させているもの(スタートレックシリーズのレプリケーターを参照)という想定なので、ある意味リザレクションシステムの機能試作実験に付き合っていることになります。なのでSTみたいに元が圧縮データであるが故に味は落ちる、というのは回避できるかも。
 あとキョウが「餡餅入れんな」というのは、香川の餡餅雑煮は白味噌仕立てだから美味いんだという知識があるので、おすましに餡餅を入れるようなことはするなと釘を刺している訳です。リョーコならやりかねないので。それをしっかり読まれているので「さすがだね」などと。あと餅の丸と角に拘らないのは、別にカタチには拘らないということと、十凍家のルーツについて西(丸)か東(角)かをぼかしたということで。具について書いてないのもそういうことです。

 ……ということよりも! 浅沼晋太郎さんに冊子をお渡ししたらお読みくださいまして、「ファンの子が作った冬の舞浜のエピソードとかお芝居にいいな」 (当時の非公式ブログより)などとお気に留めていただいたというのがもう無上の喜びでございました(T^T) 何としてもゼーガの舞台は実現して欲しいものです。

■■■ ご意見・ご感想をお待ちしております(^^)/ ■■■

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