Camille Laboratory : ZEGAPAIN Topゼーガペイン>創作小説

 こちらはC74発行(夏コミ新刊)のゼーガペイン本(同人誌)「QL07 : le parapluie de ciel」のサンプルページです。興味を持たれた方は是非出版課をご覧ください。


le parapluie de ciel
空色の傘




Oscar War I , encounter and loss.




1 晩夏の再会

<略>

 青い空の下、明るいプールサイドにはデジカムを構えたリョーコの姿があった。彼女が時折プールの入り口を気にしているのに、プールの端で顔を上げたキョウは気付いた。
 ──カノウ先輩、遅いな。
 リョーコの背中を見ながら、キョウはそんなことを思った。

 トオルがゼーガペイン・ガルダ <タイプ・ゼロ> で初出撃したのは数日前のことだ。舞浜時間で今日の午前中は、彼とパートナーを組むウィザードのメイイェンと共にシミュレータでの訓練を受けていた。その後で舞浜市内のロケハンに回っているから、学校に寄るのが遅れているのだろう。
 初めての実戦をトオルは何とか無事に生き延びたが、ゼーガペイン・アルティールで彼のフォローに回ったキョウの幻体データはダメージの程度を考慮して再構築されることになった。幸いキョウの損傷は軽く済んだのだが、彼を心配してオケアノスに残っていたトオルは、キョウの幻体データが数字列で示されるモニタを目撃していた。そんなものを見てしまえば、ロケハンで一人の時間を過ごすトオルがあれこれ考えてしまうのも無理はないだろう。キョウにはそう想像はつく。

 そんな事情を知らないリョーコは姿を見せないトオルを案じているのか。彼女から視線を外したキョウの胸に微かに過ぎる痛みは、トオルの初出撃の翌日に花柄の傘で相合傘をしていたリョーコとトオルを見掛けた折に過ぎったものと同じだ。それは一体何なのかなど、それこそ考えても意味のないことなのに。
 キョウは再び青い水の中へ体を躍らせた。冷たい水の中で想いは透き通ってゆく。ただ一心に前へと進むこの時間が、キョウは好きだった。

 ヒグラシが鳴き始めた頃、舞浜南高校の正門へとトオルの自転車は滑り込んでいった。自転車置き場は空いていて、トオルは端の方に自転車を停めるとリョーコ達の居るプールへと足を向けた。そこでトオルは珍しい顔を見ることになった。
「あれ、ツムラさん?」
 外にはねる癖のある短い髪に眼鏡を掛けた三年生のツムラ・サチコが、プールのほど近くの日陰で人待ち顔をしていた。
「カノウ君」
 細い声で答える様子からすると、トオルと会うのが意外だったのはサチコも同様らしい。

「どうしたの、こんなとこで。部活?」
 サチコは確か英語部だったとトオルは思い出した。クラスも違う彼女とは普段殆ど付き合いはない。サチコの視線はほんの一瞬戸惑うように泳いだ。
「まぁ、そんなとこ。カノウ君は?」
「映研の後輩がこっちに来ててね。入らないの?」
 トオルがそう言うのに、サチコは視線を伏せるように流した。
「私はいいわ」
 サチコがそう答えるということは、彼女は水泳部の男子を待っているのだろう。控え目で大人しい彼女らしい。トオルは微かに口の端を上げた。
「じゃ、僕は行くから」
 サチコと別れて、トオルはプールの屋内へ入っていった。

「あ、カノウ先輩」
 トオルを認めたリョーコが声を上げて、その顔が輝いた。トオルは片手を振って応えると、早足で彼女に近づいた。
「ごめん、遅くなって。どう?」
「順調ですよ、こっちも、水泳部も」
「そう」
 トオルはリョーコに笑顔を向けて答えると、揺れる水面の中で泳ぐ三人を見た。キョウは一人だけで泳いでいたときよりも、ずっと逞しく、躍動感に溢れて見える。キョウにとって彼らは余程かけがえのない仲間なのだろう。
「先輩、ちょっと見てもらえますか?」
「いいよ」
 プールサイドでデジカムのモニタを二人で覗き込む、その風景はすっかりおなじみのものになっていた。キョウは二人を見遣って表情を緩めた。トオルと話しながらくるくると表情を変えるリョーコを見るのは悪くない。胸の痛みは、どこかへ消えていた。

 ほどなく、練習メニューを終えた水泳部員はプールから上がった。シャワー室へ向かう三人を見送って、デジカムを仕舞ったトオルとリョーコはプールの屋内から出た。トオルがちらりと目を向けると、やはりサチコはまだそこで待っていた。
「どうかしたんですか?」
「いいや」
 リョーコの方へ振り向いたトオルは、視線の先に制服に着替えてきたキョウ達を認めた。その中の一人がトオルの向こうへ目を向けて、瞬く。
「じゃ、また明日な」
 ハヤセはそう言って、早足で彼らから離れた。
「あぁ」
 ハヤセの背中にキョウはそう答えて、彼の向かう先を見る。
「珍しいな」
 長身のウシオが言うのに、キョウは遅れて頷いた。二人の様子に訝ったリョーコは、ハヤセが足を止めた方を見て小さく声を上げた。リョーコはハヤセが向き合った三年生の女子の顔に見覚えがあった。

「……誰だっけ」
「英語部のツムラさん」
 思い出せない名前を告げてくれたトオルに、リョーコはゆっくりと瞬いた。
「知ってるんですか?」
「まぁ、ちょっとした幼なじみ」
「えーっ?」
 意外な言葉にサチコの方を見たリョーコは驚きを隠さない。彼女に並んでやはり目を丸くしたキョウもほぼ同時に同じ声を上げたので、その見事な相似形にトオルは思わず吹き出した。付き合いが良いというか何というか、これこそ幼なじみとでも言うのだろうか。当のハヤセとサチコはこちらの騒ぎもどこ吹く風、二人で連れ立って行ってしまった。

「でも先輩達って、中学違いますよね」
 リョーコの疑問は尤もだ。サチコはリョーコ達と同じ中学校だが、トオルは違う。
「小学校が一緒だったんだよ、ツムラさんは二年のときに転校しちゃったけど」
「あぁ、それで」
 ウシオも話を聞いていて相槌を打つ。携帯を取り出した彼は表示を確かめると、そのまま片手を上げた。
「俺も行くわ」
「あぁ。また明日な」
 ウシオを見送れば、プールの手前に残ったのはキョウとリョーコとトオルの三人。自分もここで別れるべきだろうとキョウは思うのだが、帰る方向が一人だけ違うのはトオルだった。自転車を出してきたトオルは、同じマンションに帰る二人に声を掛けた。
「じゃ、二人とも気をつけてね」
 結局こうなるのかと、キョウはトオルに手を上げてみせた。
「先輩もな」
「失礼します」
 リョーコがそう言うのにトオルは頷いて、自転車を走らせた。

「ツムラ先輩、何しに来たんだろう」
 帰り道でリョーコがそう言うのに、キョウは素っ気なく答えた。
「そりゃお前、ハヤセを待ってたんだろう」
「そんなの見れば分かるよ。でも珍しくない?」
 ハヤセが三年生のサチコと付き合っているのは、リョーコだって知っている。ただ二人が一緒に居る場面を見ることは少なかったし、サチコがハヤセの帰りを待っているなど今までにあっただろうかと思う。尤もハヤセが水泳部に入ったのは一学期の期末試験の後ですぐ夏休みに入ったから、サチコが学校に来ること自体があまりなかったのだろう。

「確かにそうだけど、先輩だってまだ部活やってんだろ。たまたま時間が合ったんじゃないのか」
 キョウはそうリョーコに答えながら、サチコが今日学校に来ていた理由に思い当たった。まさかと思いながら彼は軽く唇を噛んだ。その可能性は排除したいが、キョウにはどうにもならない。彼の思惑など知らずに、リョーコは気楽に話を続けた。
「英語部って言ってたよね、何してるんだろ」
「舞南祭では英語劇をやるんじゃなかったか」
 文化系の部活では、二学期の舞南祭が三年生の最後の舞台になる。受験体制に入りつつも、夏休みの部活に足を運ぶ三年生は少なくはなかった。

「英語劇って、誰が見るのかな」
「洋画ばかり見てる奴に言われたくないだろうな」
 笑みを含んだ声音でキョウに言われて、リョーコはむっとしてみせた。
「洋画は吹き替えだってあるじゃない」
「英語劇には字幕もある、それなら洋画と同じだろ」
「そうなんだ」
 瞬きをしたリョーコは、キョウに問い返した。
「キョウちゃん、見たことあるの?」
「ねぇよ」
 短く答える横顔を見て、リョーコは口を結んだ。彼はどうやらこの話を続けたくないらしい。曇った顔から視線を外したリョーコが見上げた空には、まだ明るい雲間に月が昇りはじめていた。




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