Camille Laboratory : ZEGAPAIN Topゼーガペイン>創作小説

 こちらはC73発行のゼーガペイン本(同人誌)「QL05 : le parapluie floral」のサンプルページです。おかげさまで頒布終了しましたが、このページは残しておきます。


 リセット祭りに合わせて、全編のPDFを期間限定でupしています。


le parapluie floral
花柄の傘




KYO, RYOKO and KANOU TOHRU in past days




1 花柄の傘

「イレギュラーか」
 舞浜南高校の昇降口で、降り止まない雨を見ながらソゴル・キョウは溜息をついた。
 キョウの居る舞浜サーバーは時が繰り返す世界。処理能力の限界からサーバーは150日毎にリセットされてしまう。街の様子も人の記憶も5ヶ月前に戻り、同じ日々がループする。だが世界の真実を知るセレブラントはリセットのルールから外れて記憶が残る。今日はキョウにとって4回目の4月13日だ。

 いつもならこの日は雨が降らないはずだが、サーバーのシステム環境が落ち着かずにいるのだろうかとキョウは思った。何しろ先のリセット時に、舞浜のデータは月面のとあるサーバーに移動されている。何があってもおかしくはないと思えた。
 月面へのデータ移動の計画を立てたのはオケアノスのシマ司令で、実行を担当したのは舞浜サーバー出身のキョウと、そのパートナーであるミサキ・シズノ。それは三人だけが関与し極秘裏に進められた作戦だった。その直後、キョウとシズノは任務でヨーロッパへ出向くことになり、キョウは一週間近く舞浜を不在にしていた。彼がヨーロッパから戻ってきて、これが最初の舞浜の雨だった。

 あの日の雨は、温かかった。
 そんな風に、シズノと二人で濡れたパリの雨を思い出してしまうのは仕方のないことだろうか。
 舞浜に居る時には彼女のことは忘れていようと思っているのに。
 降りしきる雨が、この惑いを消してくれないだろうか。
 そんな風にキョウが思ったとしても、その銀色の雨粒は所詮ただのデータだ。殊この雨についていえば、舞浜サーバーにおけるイレギュラーが目に見えているものでしかない。保存された通りに繰り返される世界の記述と異なる事象であると同時に、それを修正しようとする働きだ。
 自分の心のイレギュラーは、自分で修正するしかない。
 迷いのない青空を自分の心に取り戻すのは、自分の想い、それ次第だ。

「何してるの?」
 振り返るまでもなく、声の主はカミナギ・リョーコだ。キョウと同じマンションに住むお隣さんで、気の置けない幼なじみ、1年D組のクラスメイト。他に人気のない昇降口で、リョーコはキョウの脇に並ぶとその顔を僅かに見上げるように覗き込んだ。
「あ、ひょっとしてキョウちゃん傘持ってないとか」
「そうだよ。そのうち止むだろうからさ、雨宿り」
 キョウが素っ気無く答えるそばから、雨脚は強くなる。その言葉とは裏腹に、雨は当分止みそうには見えなかった。

「私持ってるから、一緒に帰ろう」
 そう言って、リョーコは鞄から折り畳み傘を出して広げた。優しい色合いの、花柄の傘だ。
「お前こんなの持ってたか?」
「ミズキとお揃いで買ったんだ」
 リョーコは高校に入学してからの友人の名を口にした。出身中学は違ったが、キョウとリョーコと同じ1年D組の演劇部員だ。そのミズキとお揃いの傘を買ったというのは、舞浜で4回も同じ日々を経験しているキョウが初めて聞く話だった。彼の顔に一瞬浮かんだ訝しげな表情には気付かないまま、リョーコは傘をくるくると回しながら笑顔で続けた。
「一昨日傘がなくて、二人でトミガイ君に借りたんだけど、お返しにお菓子を買いに行った時に、一緒にね。だからおニューだよ。可愛いっしょ?」
「まぁ、可愛いんだろうけどさ」
 こんな花柄の傘で相合傘をする羽目になる男のことも考えてくれ。──それに。
 ちらりと掠めたその想いに、キョウは目蓋を伏せた。それでも帰る場所は同じなだけにリョーコの好意を断ることも出来ず、彼は仕方なく花柄の傘の柄を持った。

<中略>

2 年下の女の子

 舞浜時間の4月11日の午後は、春の雨がしとしとと降っていた。人気のない舞浜南高校の昇降口で一人、雨空を見上げているリョーコに、タチバナ・ミズキが声を掛けた。
「どしたん、リョーコ。何かあったの?」
「んー。あった、んじゃなくて、ないから、なんだけど」
 リョーコがないと言うのは傘のことだ。突然の雨に傘のない二人は、雨宿りをしつつお喋りを始めた。映研部員のリョーコと演劇部員のミズキは、高校に入学してからの友人同士。クラスメイトで同じような趣味とあって意気投合した二人は、すっかり仲良くなっていた。リョーコがふと口ずさんだ旋律から、たまたま二人とも春休みに見ていた『シェルブールの雨傘』の話になった。

「カサールが出てくるとー、あーもーって!」
「ギイってば、ジュヌヴィエーヴ取られちゃうよーってねー」
 女の子同士のそんな会話が、昇降口の高い天井に響いている。その声に、ふと足を止めた男子生徒が居た。声の方を見た彼は僅かに唇を開くと口を結びなおして、お喋りをしている二人の方へ近づいた。
「カミナギさん?」
 そう声を掛けられてリョーコが振り向くと、青いネクタイの3年生の男子生徒がそこに居た。清潔感のあるさらりとした髪に、眼鏡から覗く人の良さそうな瞳。映研の先輩のカノウ・トオルだ。その名前を思い出したリョーコは軽く会釈した。

「あ、カノウ先輩。傘がなくって、雨宿りしてるんです」
「送っていこうか?」
 手元の長い柄の雨傘を示して申し出るトオルの優しげな声音に、リョーコの頬が微かに染まる。
「えっ……あ、大丈夫ですから」
「そう。じゃ、お先に。気をつけてね」
 トオルは小さく息をついてリョーコに笑顔を向けると、ミズキの方にも軽く頷いてみせた。
「はい、さようなら」
 リョーコのその声に手を振って、トオルは傘を差すと雨の中へ歩き出した。

『カミナギ・リョーコです。映画は見るのも撮るのも大好きです。よろしくお願いします!』
 4月5日の新入生歓迎会の後、映研部室に来て元気良くそう告げた彼女は、ぺこりと頭を下げた。放課後になって真っ先に飛び込んできた新入生の女の子に、トオルは多少呆気にとられたものだった。

 その後はオリエンテーション合宿などが行われ、1年生は部活には殆ど参加していなかった。今日と明日は1年生向けの実力テストが続くのでやはり早々に下校していく。3年生のトオルは映研部室に顔を出したものの、この突然の雨のおかげか他の部員も居なかったので、部室に置いてあった置き傘を手に下校することにしたのだ。
 そうしたら、女の子同士の楽しそうなお喋りが聞こえてきた。普段なら聞き流してしまいそうなものなのに、耳に飛び込んできたのは馴染みのある名前だった。カサール、ギイ、ジュヌヴィエーヴ。それは『シェルブールの雨傘』の登場人物だ。そんな古典名画の話をするなんてどんな女の子だろうかと思ったら、二人の内の一人はあの新入部員だった。──確かカミナギさんという名前だった。そう思い出して、トオルは彼女に声を掛けてみた。
 トオルが置き傘を持っていたのは良いきっかけだったけれど、彼女は友人と一緒に居るので送るのを断られるだろうとは分かっていた。いや、あの場で彼女が申し出を受けていたらトオルの方が困惑したに違いない。常識的な判断をしたリョーコに、トオルは好感を持った。

「こんにちは、カノウ先輩。昨日はありがとうございました」
 翌日の4月12日、映研部室の前に居たリョーコは、顔を見せたトオルにそう言って頭を下げた。
「あぁ。あの後、大丈夫だった?」
「はい。友達に傘を借りられましたから」
「それなら良かった。で、入らないの?」
 トオルはそう言いながら部室の扉に手を掛けた。
「良いんですか?」
「君はここの部員だろ──って、鍵がなかったのか。今度渡すね」
 トオルは部室の鍵を開けると扉を開いてリョーコに頷いた。まずリョーコが部室に入ったが、室内には他の部員の姿はない。

「先輩達って、いつもどうしてるんですか?」
「そうだなぁ、適当に駄弁ってたり、本とか読んだり、シナリオ書いたり。ウチは各自が好きにやってるから、カメラ持って出たきりの奴も居るし。色々だよ」
 テーブルに鞄を置いたトオルはリョーコに座るよう手で示すと、リョーコは鞄を抱いたまま椅子に腰掛けた。
「そうなんですか」
「2学期の舞南祭で部員の作品の上映会をやるから、それに向けての準備はするけどね。また今度説明するよ」
「はい。よろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げるリョーコに、トオルは笑みを返した。
「こちらこそ」

「それで、早速なんですけれど」
「何だい?」
 リョーコの目が真っ直ぐトオルを見詰めて、そして視線はテーブルへと落ちた。
「あの、今日は用事があって。帰っても良いですか?」
「用事があるんだろ、構わないよ。僕は大抵来てるから、また好きな時に寄って。合鍵は用意しておくから」
 何を言われるのかと思ったらそんなことだとは。高校に入学したばかりの1年生の女の子は、3年生の男子の前では硬くなってしまうのか。自分が1年生の頃もそうだったのだろうかと、トオルはふと思いを巡らせた。
「はい、ありがとうございます。じゃ、失礼します」
 リョーコはそう言って部室を出て行ってしまった。トオルは小さく息をつくと、鞄からノートを出して書き物を始めた。

 4月13日、この日も天気予報が外れる雨が降った。リョーコは映研部室に向かってみたが、大抵部室に居ると言ったトオルは不在だった。合鍵はまだ貰っていないので、リョーコは仕方なく下校することにした。人気のない昇降口には、雨空を見上げているソゴル・キョウの後姿があった。
 リョーコの幼なじみであるキョウは4月4日の入学式には出ていたが、次の日は忌引ということで急に学校を休み、その後も風邪を引いて寝込んだらしく1週間くらい学校には来ていなかった。オリエンテーション合宿も実力テストも全部飛ばしてしまったので、放課後は担任のクラシゲに呼び出されていたのを、リョーコは同じクラスだから知っている。

 ──キョウちゃん、大丈夫なのかな。
 そう心配にはなるのだけれど、何となく声を掛け辛いと思って、リョーコは黙って彼の後姿を見ていた。そしてふと、昨日放課後にミズキと一緒に買った折り畳み傘があるのを思い出して、キョウに近づいた。
「何してるの?」
 リョーコが思った通り、キョウは傘を持っていなかった。リョーコは花柄の傘を取り出して、同じマンションに住むキョウと一緒に帰ることにした。入学してから色々なことがあったこの1週間だけれど、キョウが居なかったからか、銀色に煙る町並みに似て印象は曖昧だ。

 レンタルDVDショップに寄った後、春休みにキョウと一緒に見た『シェルブールの雨傘』の話になった。それから話題が逸れて、つまらない言い合いになって、言葉が途切れた。雨の中を黙って歩きながら、リョーコは『シェルブールの雨傘』の物語を思い出していた。
 戦争に行ったギイが帰ってくるのを、シェルブールでずっと待っていたジュヌヴィエーヴ。けれど彼女は彼の子を宿していて、他にも色々と事情が重なって、ギイを待たずにカサールと結婚した。最初は幸せそうな二人だったのに、ギイもジュヌヴィエーヴも可哀相だとリョーコは思った。戦争なんて、なければ良いのに。
 ──でもキョウちゃんは、帰ってきてくれた。
 キョウは忌引と風邪で休んでいただけなのに、リョーコは何故かそんなことを考えた。
 花柄の傘で彼と相合傘をしながら、リョーコは密かにその想いを抱きしめていた。





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