Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>Silent Bells

 エレカを走らせて交差点で信号待ちをしていると、ファが商店街の方を見やっている。マーケットプレイス・イーストは日本人町や中華街に近く、様々な民族情緒を交えながらも東洋的な雰囲気があるのだが、さすがに今時分は星やリボンの装飾が施されていて華やかだ。クリスマスという時期は、クリスチャンでなくても商売のシーズンなのだと認知されてとうに久しい。
「少し、歩こうか?」
 ここからなら、カミーユのフラットまでは歩いてすぐだ。女の子というのはこういう場所を歩きたがるものだからな、と思ってカミーユは声をかけたのだが、ファは首を横に振った。
「ん……いいわよ、荷物を置いてから出直しましょう。休暇中の買い物もしたいし」
 寄り道になることは免れたものの、結局カミーユは両手に荷物を抱えた状態で、歩いてフラットに帰る事になる運命なのだった。


「あれ? カミーユじゃないか」
 マーケットプレイス・イーストの雑貨店で、カミーユは馴染みの声を聴いた。振り返ると、大学の同級生のテオの人懐っこい顔がそこにあった。彼は軽い近視で丸い縁の眼鏡を掛けているせいか、もともとの童顔がさらに幼く見える。とはいえ、大学ではカミーユとテオが同じ学年でも年嵩の部類で、そんなあたりから二人は気が合っているらしかった。テオは昨年は別の大学へ行っていて、今年市立大に入り直しているから一年ダブっているようなものだし、カミーユは大学の受験資格を得たのが今年度の受験直前だったので、現役でハイスクールから進学してきた学生よりは年上になってしまっているのだ。尤も、この世代はそういう学生も少なくはないから、年のことを気にしている人間ばかりではないのだが。

「テオこそ。家とは反対方向なんじゃないのか?」
 テオの家は、フォン・ブラウンでも名家の部類だ。どちらかというと庶民的な住宅街が近いマーケットプレイス・イーストのご近所ではなかったはずである。思案顔をつくりかけたカミーユに、とんがった声が突き刺さった。
「あたしの家からは近いわよ。」
 声の主はやはり市立大で同じ学年のナナである。テオの幼馴染み(という触れ込み)で、何かというとカミーユ達の居る教室にやってくる日系のお騒がせ娘の登場に、カミーユはあからさまに不快を声に滲ませてしまった。
「なんだ、ナナも一緒か」
「なんだとは何よ! ……あら、あなたにも連れがいるんじゃない」
 ナナはお約束で声をあらげたものの、こちらを伺っているファに気付いてカミーユに尋ねた。いつもの彼女らしく揶揄する風ではなく、素直に訊いてきているのが何やら却ってこそばゆい。
「まぁ……ね。」
「紹介してくれないのかい?」
 テオにも訊かれたとあっては仕方ない。カミーユはファを招くと、二人に至って簡単な紹介をした。
「幼馴染みだよ、ファってね。ファ、こちら大学の同級生のテオとナナ。」
「はじめまして。ファ・ユイリィです」
「テオドール・ランツフートです。よろしく。ファで良いの?」
 テオはファのフルネームを姓名式と判断したらしい。ファミリーネームで呼んでも良いものかどうかと確認したいらしかった。ファはくすり、と笑った。この質問には慣れている。
「カミーユはファって呼びますから。」
「なるほどね」
 テオはにこっと笑った。あ、こういうひとなら他人と衝突することなんてないのだろうなぁと思えるような笑顔だなどと思ってしまうのは、他ならぬカミーユとの付き合いが長いせいだろうか。そんなファは、テオのことでひとつ思い当たることが合ったので、尋ねてみることにした。
「ランツフートって、聖ジュリヤン医科大の縁の方? 私看護学校に居るんですけど。」
「へぇ、ジュリヤンの学生なの? あそこの理事長は確かに僕の祖父ですけどね」
 ファはまぁ、と感嘆すると、カミーユの方を向いて言った。
「凄い人が同級生なのね」
「凄いのは僕の家族であって僕自身じゃありませんから。」
 言い切るテオの声はどこか無表情だ。ファは口元を押さえた。
「ごめんなさい、」
「良いんですよ、慣れてますから。」
 軽く手を振るテオは微笑を浮かべている。その笑みにほっとして、ファは続けて尋ねた。
「やっぱり医学部なんですか?」
「いや、カミーユと同じで理学部宇宙学総合科なんですよ」
「変人。」
 誰よりも早くツッコミを入れたのはナナである。テオは頭を抱えた。


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