Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>Silent Bells

「ナナーっ。」
「テオだけじゃないんですけどね、宇宙学総合科は変人揃いだから。文学部心理学科の氷川奈々です。よろしく」
「こちらこそ。」
 勝ち気そうな瞳が、何処か挑むようにファを覗きこむ。
「幼馴染みを名字で呼ぶなんてね、よくあんな人と付き合ってるのね」
「良いんです。慣れてしまいましたから。」
 何を言われるかと思ったらそんなことか、とファは微笑した。『あんな人』本人ではなくて、ナナの幼馴染みの方が彼女に意見した。
「ちょっとナナ、そういう言い方は失礼だろ。ごめんね、口のきき方を知らない奴で」
 自分の代わりにファに謝るテオに、ナナは噛み付いた。
「その言い方だって失礼よ。あたしは素直にヘンだなって思っただけなんだから」
「そんなにヘンかなぁ? ファって音の響きが好きだからなんだけど……」
 カミーユは他意のなさそうな口ぶりでそんな事を言う。さすがのファも目をぱちくりさせた。
「そうだったの?」
「……うん……まぁ。」
 カミーユは鼻の頭をこすりながら答えた。ファはまだどこか釈然としない風に首を傾げた。
「初めて聞いたわよ。」
「そうだったかい?」
 一段落ついたところを見計らって、テオが尋ねた。
「ところで、君達も買い物?」
「見りゃわかるじゃない」
 ナナが何やら面白くなさそうに小声でぶーたれる。ファはそんなナナに気付かないようで、そのままテオに答えた。
「リースを探しに来たんだけど、なかなか思うようなものがなくて。イヴだから仕方ないんだけど」
「リースなら、さっき見てた店に色々あったな……案内しましょうか?」
 テオの申し出に、ファはぱっと顔を輝かせた。
「あら嬉しい。お願いできる?」
「あたし、もう疲れた。」
 テオがファに応えるより前に、ナナが子供じみた自己主張をする。テオはくすり、と笑った。
「なら、この上のカフェで待ってなよ。カミーユはどうする?」
 さっきからどこか置いてけぼりを食っていたカミーユは、鬱陶しそうに前髪をかきあげた。
「僕も待つよ。この荷物でうろうろしたくない」
「じゃあ決まりだね」

「どぉして、あなたなんかと一緒に人待ちしてなくちゃならないのよ」
 ナナのご機嫌は最高潮にナナメらしい。そんな顔を見せられる方もたまったものではない。
「そんなに嫌なら別の席に移れば良いじゃないか」
 苛々を声に滲ませることすら面倒そうな平板な物言いをしながら、カミーユは薄手のジャーナルから顔を上げようともしなかった。

「席があいてればさっさと移るわよ。」
「それは残念だったね。」
 カミーユは何食わぬ顔でページを繰ろうとしたところを、くいっとナナにジャーナルを奪われた。軽く睨んでやろうとしたら、ナナは肩まで伸ばした栗色のストレートの髪を揺らすように顔を近づけて来た。ふんわりとした香りに彩られた予想外の彼女の笑顔に、カミーユは思わず身を引いた。
「随分可愛い幼馴染みじゃない? 噂には聞いていたけど」
「噂?」
 ファとは違う、それでも東洋人特有の黒い瞳がこちらを覗きこんでくる。どちらかと言えば髪の色に近い茶色がかった黒、というところか。
「あなたに良いひとが居るって噂。街で見掛けたとかどうとかって」
「そういうのって、気にするのかい?」
「あたしは別に……何よ。」
 何でもない風に答えかけたナナが声を詰まらせたのは、カミーユがいつになく真剣な目線で見詰めて来たからだ。
「いやさ、今日ファを学校まで迎えに行っていたんだけど、校門で待ってたら女の子の目線が気になってさ。」
 カミーユの思いがけない告白に、ナナは呆れた風に肩の力を抜いた。
「あなたって目立つもの。あなたみたいな人が人待ち顔だなんて、一体誰を待っているんだろうって、そりゃ女の子としては気になるものなんじゃないの? あーぁ、彼女休み明けが大変よ」
「そうなのかなぁ……」
 カミーユはどうもピンと来ないらしい。ナナは何だか妙に心配になってきた。


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