Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>Silent Bells

「そういう時は、『神様仏様キリスト様』なのよ日本人は。」
 ナナが緑茶をすすりながらそんなことを言うのへ、カミーユが溜め息をついた。
「そっから話がずれたんじゃないか……」
 テオは腕時計に目をやって、席を立った。
「ま、そんなこと考えるよりお二人は色々と忙しいんじゃないの? ナナ、僕等はそろそろ退散するとしよう」
「あ、待ってよ! じゃね、お幸せにっ」
 ナナはあわてて自分の荷物を抱えるとテオを追った。階段を下りていく二人を半ば茫然と見送って、またしてもカミーユはファと顔を見合わせた。
「俺達も帰ろうか。」
「そうね。」


 買い物から帰宅して、久し振りに簡単ながら二人きりの夕食を済ませると、ファは『一晩限りだけどね』なんて言いながらクリスマスの飾り付けを始めた。カミーユの借りているフラットは、ゆったりした1LDKという感じの間取りで、学生の一人暮らしには充分な広さだった。寝室にしている部屋だけで彼の私物は大体収まっているので、リビングは実に飾り気がない(寝室も似たようなものではあるのだが)。そんな部屋がちょっとした買い物でこれだけ華やぐのだから、クリスマスって良いわよね、とファは思う。そんな彼女の気持ちを知ってか知らずにか、カミーユはリビングからのドアを開け放したまま寝室の床に座り込んで、ごたごたと荷物をひっくり返していた。

「どうしたのよ?」
「テオの話で急に思い出してさ……あ、あった」
 カミーユが探し出したのは、両手にやっと収まるかというくらいの、何重かにくるまれた包みだった。その包みには、ファにも見覚えがあった。そもそも、この包みはファ自身の手によるものだからだ。
「あ、それね。一体何なの?」
「見ての通りの仏様。」
 包みをほどくと、穏やかな面差しの仏像が姿を見せた。ローボードにそっと載せると、やや軽い音がした。
「何処でそんなの買ってたのよ?」
 カミーユの隣に腰を下ろして、ファは仏像とカミーユを交互に覗きこんだ。
「何処って……ホンコンだよ、確か。ふらっと入った店でさ、『初めに目があった仏様があなたの仏様です』なんて書いてあって、つい買ってしまったんだよ」
 カミーユの声のごく微かな動揺を、ファは聴き逃さなかった。
「それ、今作った話なんじゃないの?」
「どうだっていいだろ、」
 プィ、と余所を向くカミーユの頬を、ファは人差し指で軽くつついた。
「で? その目があった仏様を買って来て――ちゃんとお祈りでもしてたっていうの?」
 カミーユは軽く髪を揺らすように首を振ると、あぐらをかいていた膝を立てて、その上で腕を組んで頬を預けた。
「とりあえずはね。無宗教ではあってもさ、確かに祈る対象があると楽だもの」
「そうだったんだ。」
 ファは思わず目を細めた。
「ちゃんとファが荷物に入れてくれてたから、とりあえず月までは持って来てて――でもここに引っ越した時に出すのを忘れてたんだよな。安物でも仏様だから、粗末にはできなくて、捨てられなかったんだけど」
 そんなカミーユの打ち明け話に、ファは聞き入りながらもくすりと笑った。
「忘れてたっていうのも、充分粗末にしてるような気もしなくもないんだけど」
「それもそうか。」

 応えて、自分も笑ったカミーユではあったが、膝を抱えた彼の瞳は何処か遠い。ファはそっと彼に身を寄せると、無限とも思える沈黙を静かな声で破った。
「……何を祈ってたの?」
「自分が殺してしまった相手のことをね、せめて安らかであってくれって。」
 ややあって返って来た答えは、あの頃の思い詰めた空気を微かに纏いながら、それでいて何処かそれを遠くから見ているような不思議な響きを伴っていた。
「そうだったの……」
「でもそれって、生きているものの身勝手なのかも知れないな。」
 吐息に混ざる自嘲的な声音に、ファは彼に預けていた身をはね起こした。
「そんなことないわよ、」
「本当にそう言い切れるかい?」
 正面からカミーユにそう投げ付けられて、ファは身をすくめた。
「……祈りって、そんなものじゃないと思うの。それだけよ」
「じゃあ、祈りって何なんだよ?」
「そんなこと急に言われたって分からないわよ。――でもね、身勝手かどうかってものじゃない、祈りって、自分を変えるための力だと思うの。」
「自分を変える力?」


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