ファが必死に探し出した言葉をカミーユは問いただした。
「こうなりたい、こうなればいいって祈るものでしょ。そう思う自分に向き合う時間を過ごすことで、改めてそうなりたいって自分に言い聞かせてるような気がするの。そうしたら、きっとそれは叶うのよ。」
カミーユは膝を抱いていた腕を背後の床にやって、軽く体を預けると天井を仰いだ。
「何だっけ、心理学の用語にあったよな――自己達成的予言。」
その言葉ならファだって知っている。でも今の話は、彼女自身の祈りの日々から出て来た言葉なのだ。別に、誰に祈っていたという訳でもないのだけれど。
「別にそれでも良いわよ。大切なのは、自分が変われば世界も変わるってことなのよ、きっと」
一言ずつ、確かめるように言葉を紡ぐファを、カミーユはそっと抱き寄せた。
「……ファは強いな、」
「……何よそれ?」
抱き取られたおかげで、彼の顔がひどく近い。慈しむような優しげな面差しに、ファは自分の鼓動を普段以上に意識した。
「何でもないよ。とにかくさ、今こうしていられるのも、ファの祈りが通じたってことなんだろ?」
「そう……だと良いんだけど。」
「ならそれで良いじゃないか。」
カミーユの手がファの頬をかすめて彼女の髪を梳く。ファはそんな彼の胸元に身を預けて、ローボードに置かれた鏡に映る外の景色と自分達とを眺めていた。
祈りの言葉はいつも同じ、ほんのささやかなものなのだけれど。
それでも心の底から繰り返している、あなたの空へと響くように。
「ねぇ……雪じゃない?」
「雪?」
ファの声にカミーユが立って窓を開けてみると、夕闇に白く淡い斑点が映えている。手を伸ばした先に触れるとさぁっと解けてしまうような、はかなげなものが、空の何処かからか降ってくる。
「確かに雪だな、よく環境局にこれだけの予算があったもんだ。」
降雨現象としては雨さえ降らせればよいものを、雪を降らせるにはそれなりの環境調整が必要だ。スペースコロニーでも、観光コロニーでもなければ滅多に雪など降らせない。二人がこの街に来て、雪を見るのはこれが初めてだった。
「ここしばらく雪は降らせてなかったらしいけど」
「それだけ、この街の傷も癒えて来たということなのかも知れないな」
つまりは、近年の戦争の事後処理も片が付いて来て、雪を降らせるに足るだけの予算の余裕がフォン・ブラウン市にも出来たということだ。カミーユがこういう考え方をしてしまうのは止むを得ないことではある。昔から男の子にしてはリアリストだったし、何より、彼がこの街に対して持っている負い目というものがある。こんな綺麗な夜くらい、そのことを忘れても良いのに……と、ファは話の方向を切り替えた。
「かもね。でもやっぱり、これはクリスマスの魔法なのよ」
「魔法?」
カミーユは思いがけない単語に目をぱちくりさせた。
「そう思った方が、ロマンティックじゃない」
「そうかな……」
カミーユは窓の外にもう一度身を乗り出すと、首を振って窓を閉めるとカーテンを引いた。
「あんな雪はすぐに解けてしまうよ、」
怪訝そうな表情のカミーユに、ファは自分の腕を絡めた。
「確かに雪は一晩限りの魔法かも知れないけど、あなたはそうではないでしょ?」
言って、ファはカミーユにそっと唇で触れてみせた。
「ね、触れても消えないもの。」
言ってしまって彼の胸に顔を埋める、自分のものでない鼓動が直に伝わってくる。
「それ以上触れると、解けてしまうかも知れないよ」
髪を撫でつける指先も、少し咎めるような声音も全てが自分には優しく思えた。だから、ファは顔を上げて彼の瞳を確かめた。
「だったら、それでも良いわ」
カミーユが微かにファの名を呼んだ、と思った。ファがそっと目蓋を伏せると、頬を抱く指先の感触に体の何処かがきゅっと痛む。唇を重ねた瞬間、全身から力が抜けるような目眩にも似た感覚を覚えて、ファはそのまま倒れ込んだ。
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