「さむ……っ」
微かに忍び寄った冷気に身震いをして、ファは無意識に毛布を手繰り寄せた。その軽い感触に違和感を感じて、ぱちりと目を開くと、窓の外はもう明るくなっていた。カーテンをそっと開けてみると、雪は止んでしまったようで、低い屋根にうっすらと昨晩の余韻が残っているだけだった。彼女は椅子の背に掛けてあった膝丈の上着を手早く纏うと、キッチンの扉を開いた。
「あ、おはよう」
コーヒーの香りがほのかに立ち始めているキッチンで、ニュースに目を通していたらしいカミーユが携帯端末から顔を上げてファを迎えた。ちょっと意外な展開に、ファは呆気に取られながら挨拶を返した。
「……おはよ。どうしたのよこんな朝早くから、」
「何か喉が渇いてさ。それに、今日は昼には出掛けるんだろう? なら、用事を済ませておかなきゃ」
ねっ、とでも言いたげな彼の笑顔がファには嬉しかった。
「良いの? ほんとに?」
「折角朝からコーヒー淹れておいて、寝直したくなんかないからね」
ぶっきらぼうな物言いは、さっきの笑顔とは裏腹にも思えるが、どちらもカミーユなりの好意的表現だ。ファの表情は自然とほころんだ。
「ありがとう」
「ならさ、ちゃんと着替えてきたら? そんな恰好じゃ風邪を引くよ」
途端に、ファの頬がかぁっと赤くなる。
「わ、分かってるわよ!」
ファはキッチンの扉を勢い良く閉めて出ていった。やれやれ、と息をついたカミーユは、小さなくしゃみを一つした。
淹れたてのコーヒーにミルクをたっぷり入れたカフェオレ、軽く焼き目を付けたパンにスクランブルエッグ。その上サラダにフルーツまで揃った朝食を一人で用意してくれるのだから、男の子の一人暮らしというのもさせて悪くはないらしい。ファはオレンジを食べおわると、満面の笑みで手を合わせた。
「御馳走様。」
「それさ、」
「何よ?」
思わず手を合わせたまま、ファは聞き返していた。こちらを凝視するカミーユの目は妙に真剣だ。
「食事の終わりでなければ、何なんだよ」
「え?」
ファはカミーユの質問の意図が分からず、目をぱちくりさせた。カミーユはどうも言いにくそうに、少し顔を逸らしてから口を開いた。
「昨日ナナが言ってたんだけどさ。」
ファがテオと出掛けてしまった時の話である。ファがいなくて、カミーユとナナが喋っていた――あの女の子が言ったという言葉だ、意味は一つしかない。
「あぁ……そういう事。」
合点がいったファに、カミーユはやや身を乗り出して尋ねて来た。
「どういう事なんだよ?」
「ホントに、分かってないの?」
じーっとお互いに顔を覗き込む格好になった。にらめっこの要領で笑いだしたファに、カミーユは『何なんだよ!』と非難してみせたのだが、ファはくすくす笑いながら手を振った。
「気にする事なんてないわよ。さ、片付けましょ」
ファは、マーマレードの蓋をきゅっと閉めた。
片付けるだけ片付けて一息つくと、ファは出掛ける支度を始めたカミーユを頭の先から爪先まで検分するように眺めた。
「何だよ、」
「その上、何を羽織るのかなって思って。」
薄手のセーターにコーデュロイのパンツだけでは少々心許ない冷え込みである。
「まだちょっと涼しそうだからな……」
窓を開けて自分の吐く息が白くなるのを見ているカミーユに、ファがワードローブの中身をおさらいして声を掛けた。
「グレーのコートにしたら?」
「あれくらいが丁度良いか。」
コートを出してきて羽織ってみる。ポケットに両手を突っ込んで、カミーユはやおらファに尋ねた。
「でも何でさ?」
「これ、似合うかなぁって」
ファは赤と緑のラッピングを施した包みをカミーユに手渡した。
「へぇ……」
中から出てきたのは綺麗な空色のマフラー。一目で手編みと分かる労作である。
「メリークリスマス。一度やってみたかったのよ。」
|
|