僕達がいた頃の図書委員の仕事は、通常の貸し出し・返却のカウンター業務の他に、新刊の分類とカバーリングおよび書架への配置、それから『あすなろ文庫』と名づけられた、父兄等からの寄贈による本の整理が主なものだった。何しろ新設校だったから、余っている本があれば寄贈して欲しいという学校側の依頼があり、『今は本が少なくとも明日は書林になるように』との思いを込めて『あすなろ文庫』という名がついたらしい。『あれ? あすなろってのは「明日は桧になろう」じゃあありませんでしたっけ?』と司書の先生に尋ねたのだが、先生はただ笑って『まぁいいじゃないか。しかし良く知ってるなぁ日本語なのに』と言っただけだった。
この『あすなろ文庫』の本はそういう経緯があるものだから、排架する前に補修を必要とするものが多かった。補修の経験のある僕は進んで作業をしていたものだ。そうでなくても、新刊の排架準備と併せてやってしまえば良いので、自然とカウンターの業務はカミーユの仕事になった。
そんなある日、カミーユはやはりカウンターに居たのだが、どやどやと入ってきた生徒が彼に声を掛けていた。確か隣のクラスのシドニーだ。一緒に来ているのは彼と同じ電気部の部員らしい。
「なぁ、ダックスの親父に聞いたんだけどよ、お前α7のブースター取り置きして貰ってるんだって?」
カミーユは手元の仕事から目線を外さずに応えた。
「あぁ。本当は昨日取りに行きたかったんだけど、別の用事があってね。今日当番が終わったら行くつもりだけど」
シドニーはカウンターに肘をついて、やや身を乗り出した。
「あのさ、俺なら今すぐ取りに行けるからさ、譲ってくれないか?」
「何でさ」
ようやくカミーユはシドニーの方を向いた。シドニーはますます身を乗り出して、手を合わせてみせた。
「だってさぁ、やっぱすぐに知りたいじゃんα7の実力って奴をさ。テストの結果はすぐに知らせるから、なっ、頼む、このとーりっ」
「君に聞くより、多少遅くなっても自分で取りに行ってテストした方が早いと思うけど」
下手に出ていたシドニーに、カミーユの単調な応えは冷たく響いた。そりゃさ、それが本当のとこかも知れないけど、もっと言い方あるんじゃないか? と、手元の仕事に目線を戻したカミーユを見て僕は思った。案の定、シドニーの機嫌は見るからに悪くなった。
「ちっ、俺はもう一月前から頼んでたんだぜ?何でお前の分があって俺のはないんだよ?」
「僕は二月と12日前から頼んでいたからね」
そのカミーユの平然とした言葉に、僕はカウンターにあるカレンダーで日付を確かめてみた。最初の図書委員会の日だ。こいつそんなことのために委員会サボったのかよ。僕もあまり良い気分ではなくなったが、シドニーはシドニーで別の事に腹を立てたらしい。バン、とカウンターを叩く音に、カウンター近くの席に居た生徒が何事かと振り返るのが見て取れた。これは、まずいんじゃないか?
「ちょっと待てよ。そんなに早くα7のことが分かるわけないだろ? 俺だって四苦八苦して情報掴んだんだぜ?」
「君より少し苦労したんじゃないのかい?」
だからそーゆー他人事みたいな冷たい言い方やめろよカミーユ。友達なくすぜ? 僕でさえそう思ったくらいだ、シドニーの言葉の矛先がカミーユを突いた。
「苦労じゃあなくてコネか何か使ったんだろ、あ、それとも何かい? その可愛い顔でダックスの親父に迫りでもしたのか? お嬢さん」
次の瞬間、カミーユの体がカウンターの内側から消えていた。一体どう蹴上がったのか、彼はカウンターを飛び越えていたのだ。この行動は、挑発したシドニーも予想していなかったらしい。意表を突かれたところに、すかさずカミーユが着地の反動を利用した鮮やかな蹴りを入れて、シドニーは少し広く開いている床に派手な音を立てて倒れ込んだ。女の子の悲鳴があがり、男の野次馬はわんさか集まってくる。シドニーと一緒に来ていた電気部の連中も加わって、乱闘騒ぎになってしまった。
「やめろよ! ここは図書室だ!」
僕は皆を怒鳴りつけて、乱闘に割って入った。恐くなかったといえば嘘になるが、これ以上騒がれてもたまらない。騒ぎを聞きつけた先生もやってきたりして、形勢不利と見た連中は動きを止めた。
「出てってくれ」
シドニーに向かって言い放つと、彼は僕でなくカミーユを睨み付けた。
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