「覚えてろよ!」
カミーユはそれには直接応えず、冷ややかな目線をくれただけだった。彼らが図書室から出てゆくのを見送りながら、カミーユはやっとつぶやいた。
「何だってんだ、アイツは」
僕はカウンター内に散らばった本を片付けながら、彼に文句を言ってやった。
「さぁね。煽ったのは確かに向こうだけど、先に手を出したのは君の方だろう?」
「……っ、」
さすがにカミーユは言葉に詰まったようだった。散らばった本の中には、カミーユがカウンターを飛び越えた時に表紙がちぎれてしまったものがあった。僕はそれを差出した。
「君が責任を取れよ」
丁度下校時刻を告げるチャイムが鳴ったのを良いことに、僕は自分の荷物を纏めると図書室を出ていった。補修しろって渡した処で、彼にその方法が分かるのかどうかは疑問だ。でもそもそも彼が委員会にちゃんと出ないのが悪いんだ、出ていたら講習だってあったのに。だから方法を知らなくったって知るもんか。僕の足は、次第に早くなっていった。
数日後、当番ではなかったが図書室に来た僕は、カウンターにぽつんと置かれた本に気がついた。あの日、カミーユに補修を押し付けた本だった。何処で覚えたのか、表紙は丁寧に付け直されて、ビニールカバーには皺ひとつなかった。
『へぇ……やるじゃん』
やっぱりあいつも、本が好きで図書委員をやっているのだ。以前やっていたからこそ、ここまで出来るんだろうな、と僕は勝手に想像した。
次の当番の日、カミーユに『あすなろ文庫』用の本を手渡しながら僕は提案した。
「やっぱさ、どっちかに仕事が偏るのって良かないぜ。たまには君もやってくれよ」
「構わないけど、」
抑揚に欠ける声音は、どこまでも普段通りの彼のものだ。
「今日は早めに帰りたかったんだけどな。」
この可愛くない言い方も、やはり普段通りの彼のものだ。
「じゃあ良いよ、その一冊だけで良いからさ」
「そうかい?」
カミーユは本を受け取ると、カウンターの奥から補修キットを持ち出してきた。
「で、どうすれば良いんだっけ?」
「ちょっと待ってて。作業済みの本を持ってくるからさ、それ見てやってよ。出来るんだろう?」
少々意外に思いながらも、僕は『あすなろ文庫』の本を持ち出してきた。彼はそれをざっと検分すると作業を始めた。その手際は実に見事で、僕は自分の仕事も忘れて見入ってしまっていた。そんな僕にやっと気がついたのか、カミーユが不意に面を上げた。視線がぶつかって、僕は思わずうろたえた。
「どうかしたのかい?」
「い、いや別に。凄く慣れてるみたいだけど、どこで覚えたんだい?」
その僕の問いに、彼は実にあっさりと答えてくれた。
「ここで、」
「ここで?」
僕はまたしても面食らった。
「だから、君がやってたのを見て覚えたんだよ」
「僕を見て? じゃあカミーユって、ずっと図書委員をやってたんじゃなかったのかよ?」
「少なくともこういう仕事は初めてだけど」
『それがどうかしたのかい?』と彼の目が問うている。彼にとっては実に造作のない作業なのだろう。世の中には時々こういう才能に恵まれた人間が居るんだよな。はぁぁ。
結局その本は順調に仕上がってしまったので、僕は『あすなろ文庫』用のリストを渡して、次の本の作業もカミーユにしてもらうことにした。かなり痛みの酷い本だが、だからこそ彼に任せた方が良いとも思ったのだ。しかしさすがの彼でも早々に仕上げることはできなかったようで、そうこうしている間に彼はちらりと時計に目をやった。
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