Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>同級生

「悪いけど、先に帰るよ」
「あぁ、お疲れ……っとちょっと待てよ、それは持ち出せないだろう?」

 彼が手にしているのが件の『あすなろ文庫』用の本であることに気付いて僕は言った。禁帯出のラベルが貼られているので、ゲートでブザーがなるはずだ。ところが彼ときたら平然として、
「キャンセラーを作ったから平気さ」
 と言ってゲートを無音で抜けてみせた。

「そこまでするかよ?」
「今日は急ぐから、家で直したいんだよ」

 そう言って彼は図書室を出ていってしまった。ひょっとしなくても、作業に時間が掛かるのを見計らってから、キャンセラーを作ってたのか? そうかも知れない。奴ならそのくらいやりかねない。でも何で他人に押し付けたりしなかったのだろう?やりかけた仕事に対する責任感か? それとも、何かこだわりでもある本なのだろうか。思いあぐねているうちに終鈴が鳴って、僕は閉室の作業に追われてしまい、そのことを忘れた。

 そしてまた数日後、その日は当番ではなかったのだが、始業前の図書室でカミーユと顔を合わせた。彼は僕を認めてややほっとした風に見えた。そして人目をはばかるように、カウンターに居た僕に顔を近づけて、袋を手渡した。

「何だよ?」
「見れば分かるよ、戻しておいてくれないか」

 訝る僕に、カミーユは早口でそれだけ告げた。じゃ、と早々に退室する彼の背中を見送って、僕は袋の中身を覗き見た。カミーユがキャンセラーまで作って持ち出したあの本だ。しばらく袋から出さないでおいて仕事をし、予鈴が鳴って他の生徒が居なくなってから、他の本に紛らせるように置いたその本の題名は、『飛行の歴史』と読めた。


 定期試験が終ると、図書室の雰囲気もがらりと変わる。読書のための読書をする生徒が増えて、人文系の図書の貸し出しが増えるのだ。そんなこんなで、僕達が当番だったある日、人文系の排架作業を僕がしたいからといって、人文系書籍は不得手らしいカミーユにカウンターを任せていた。奴がカウンターに居ると女の子への貸し出しが増えるのはどうしてだろう? と思うと何か無性に腹が立つのだが、いつかの騒ぎみたいに騒動を呼び込むこともあるから、ともあれ今日は平穏無事に済んでくれと祈ってしまうものだった。

「今回は、勝たせてもらったよ」
 カウンターでそうカミーユに声を掛けたのは、僕でも知っている学年トップの有名人グレアムだった。文武両道に秀でて、生徒会長を務める絵に描いたような優等生という奴だ。彼とカミーユの取り合わせは、釣り合うようなミスマッチなような紙一重の感覚だ。グレアムは、なんかやたら小難しそうな本とカードをカミーユに手渡した。

「それがどうかしたかい?」
 そう返すのも面倒そうなカミーユの言葉はにべもない。シドニーの時もそうだったが、大体からしてカミーユは同級生に関して無関心と言っても良い。それでもカウンターに居るのだから、もう少し愛想を良くしても罰は当たらないと僕は思うのだが、そういうことに関して彼は恐ろしく不得手なようだった。

「あのな、僕はグレアム・スレッドなんだぞ?」
「そんなのはカードを見れば分かるよ」
 カミーユはその言葉通り、手続きを終えたカードを検めた。律義な奴、と嫌み半分で誉めてやりたくなる行動だ。
「何か言う事はないのかよ?」
 どう見ても期待過多な感のあるグレアムに、カミーユは特に他意を含めない瞳を向けた。
「別に、次の人待ってるから退いて欲しいだけさ」
「――!」

 グレアムが肩をいからせ気味にカウンターを離れると、それをきょとんとした目で追った小柄な少女の番になっていた。この亜麻色の髪は誰かに似てるんだけど、誰だっけ?


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