彼女は「どうぞ?」とカミーユに促されて、抱いていた本とカードを差出した。僕は排架作業が一段落ついて、丁度カウンターに戻った所だった。カミーユはカードの貸し出し情報を見遣って、こんなことを言った。
「よく来てるね」
「え? あ、そうなんです」
少女の頬に赤みが差した。なるほどね、お目当てはカミーユなんだなと僕は合点した。当のカミーユは貸し出しの手続きを終えた本とカードを彼女に返す折りに、その表紙を見直した。少し背伸びをしたい年頃向けの、それこそカミーユあたりが読みたそうな、科学系の新書のシリーズだ。
「シルヴァー・ブックスね、新刊が来てたからそのうち並ぶと思うよ」
「そうなんですか? じゃ、また来ます!」
この場合、新刊が読みたいというより、カウンターに誰が居るかの方が重要なんだろうなぁと思ったりもする。歌でも歌いだしかねなさそうな軽い足取りの彼女は、図書室を出ようとしたところで、小走りで入ってきたファ・ユイリィとぶつかりそうになった。『ミス三年二組』と専らの評判の、黒髪の美少女だ。因みに、『裏ミス三年二組』といえばカミーユのことなのだが、こんなことを本人の前で言ったりしたら血の雨が降りかねない。ともあれ、『ミス三年二組』は『裏ミス三年二組』にご執心というのは、ここの生徒なら誰でも知っていることだった。ファは本を抱え直した少女の顔を、会釈する感じで覗き込んだ。
「ごめんなさいね、」
「え……あ、はい、大丈夫です」
こりゃ双方の不注意だなぁと眺めていると、その不注意の原因らしい人物の元にファが歩み寄った。僕は入り口のポスターを張り替えようとして、彼女とすれ違う格好になった。
「カミーユ、まだ終われないの?」
「今日は人が多いんだよ。少し待ってて」
「珍しく誘われたと思ったら待たされるのね」
へぇ、そりゃあ珍しい。そう下世話な感想を抱いてカウンターの方を振り向くと、カミーユがファを軽く睨んでいる。
「わかったわよ!」
周囲の目を気にしてか早口でささやきをぶつけるようにしてファはそう応えると、入り口近くの雑誌コーナーのベンチに腰掛けた。僕は彼女を気にしていない振りをして、一旦図書室から出たのだが、そこで面白いものを見てしまった。入り口の両脇で、片や例の少女が、片やグレアムが、それぞれ借りてきた本を持つ手にきっと力を入れて肩を震わせているのである。
「やっぱり、わたしなんか、先輩にとってはただの下級生なんだわ……」
少女は若草色の瞳を潤ませていた。僕はさすがにちょっと気になって、
「君……?」
と声を掛けようとしたのだが、彼女は顔を真っ赤にしてだーっと走り去ってしまった。気まずさに、一方のグレアムに、
「どうしたんだい?」
と声を掛けると、彼は、
「どうして僕が女の子に嫉妬しなくっちゃいけないんだ?」
と訳の分からないことを呟いている。
「はぁ?」
と聞き返す風の僕の肩を、グレアムはいきなりつかんで揺さぶってきた。
「何で奴は俺など知らないと言いながら、あんな娘のことはちゃんと見てるんだ? やっぱり奴はただの女好きというのは本当なんだな? えぇ?」
「ちょ、ちょっと待てよ。どうしてそういう話になるんだ?」
「お前が知らない訳ないだろう図書委員長?」
グレアムは完全に頭に血が上っているようだ。いつもの冷静な生徒会長らしくない。かえって僕の方が落ち着いてしまうとはね。僕はグレアムの手の甲を指先で軽く叩いてやった。
「それは思い込みだってば、ちょっと落ち着けよ。奴のプライベートなんて僕はろくに知らないぜ、」
「そうなのか?」
拍子抜けた情けない声がした。目をぱちくりさせたグレアムは、僕の肩から手を放してくれた。
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