Camille Laboratory Top機動戦士Ζガンダム>創作小説>同級生

 そう、今朝のこの会話だけでも、新たに知り得た事はかなりあるのだ。木曜日はジャンク屋のダックスの親父の所に行きたいから委員会には出れないこと、ジャンク屋にはホモアビスや無線、それにまた別の用事で出かけていること。秘密を打ち明ける声音はまだ耳の奥に残っている、だけど彼のことが分かった気には到底なれないのだ。寧ろ、知り得た事は次の謎への扉を開いただけで、ますます彼のことが分からなくなるような、そんな感じがした。僕はそれを疎ましく思いながらも、どこか愉しさを覚えていた。


 月日は過ぎ行き、僕達は卒業することになった。別々のハイスクールへ進学するから、これでしばらく会う事もなくなるのかもしれない。がやがやと生徒達が学校を後にして、静かになってきた頃、僕は彼に一冊の本を手渡した。例の『飛行の歴史』だ。

「これ、持って行けよ」
 カミーユは袋の中身を検めて、訝しげな顔をした。
「これは持ち出せないだろう?」
「蔵書データを書き換えたから平気さ」
 僕はさらりと言ってやった、つもりだ。でもやっぱりにたついてしまったと思う。彼みたいにうまくは行かない。当たり前か? 僕が諦らめてにたっと笑うと、彼は目をぱちくりさせた。
「そこまでするかよ?」
 『もともとそこまでやったのはお前の方だろ?』とも思ったが、そこまで言う気はなかった。代わりに僕の口からはこんな言葉が飛び出した。

「君に持っていて欲しかったんだけどな」
「何でさ?」
「何でだろうね。」
 カミーユも思いあぐねているようだったが、実の所僕自身にもよく分からなかった。だけど僕が知る限り、あの図書室の蔵書の中で、彼が一番の興味を示したのはこの本なのだ。

「じゃあさ、僕が預かっておくよ。」
「預かる?」
 僕の提案に、彼の言葉の語尾はまたしても上がった。これまでこいつには散々振り回されたんだ、今日くらいこちらが振り回さないと割に合わない。という訳でもないのだが、僕は僕でこの状況を楽しんでいた。
「あぁ。十年経ったらまたここで会わないか?その時、改めて君に渡すよ」
「わかったよ。」
 あれ? 珍しく笑顔だ。とはいえ破顔には到底至らない、微笑み一歩手前というものだけれど。どうかすると無表情か苛付いているか眉根を寄せているかという彼にしては上出来の部類だ。そりゃあね、十年なんて先の話をしているんだ、鬼どころかカミーユが笑ったって不思議ではない。
「十年経ったらさ、きっとそれぞれの道を歩いてるのだろうしね」
「それもそうだろうな。でも……」
「何だよ?」
 言いかけた声音が気に掛かって、僕は彼を促した。彼が泳がせている視線は遠く、瞳の青が不思議な光彩を帯びている。僕はちょっとだけ、どきりとした。

「十年の内に何も変わらなかったら、この世界は百年このままじゃないかって思って、」
「何だそりゃ?」
「よくわからないけど、」
 どうやらカミーユ自身でも、その言葉を持て余しているようだった。だから僕は言ってやったのだ。
「お前って多分十年後もそのまんまヘンな奴なんだろうなぁ」
「ルイスだって、十年後も本の虫なんじゃないのか?」
 お互い、ずっと思っていたことをようやく言えたようだった。彼は本当に真面目に言っていたようだったが、言うそばから笑いだしていた僕に釣られてか、そのうちにくすくすと笑いだした。いくら卒業式だからといって、今日は珍しいことばかり起こるぞ。天気の予定表にない雨でも降るんじゃなかろうか。校門で別れてから、僕はようやく彼に名前で呼ばれていたことに思い当たった。


 あれから十年経って、僕はこの場所に戻ってきた。彼の予想通り十年経っても本の虫で、司書としてこのミドルスクールに赴任したのである。僕は携えていた鞄から『飛行の歴史』を取り出すと、書架の位置を確認してその本を戻した。

 彼にはその後会っていないし、これからも会うことはないのだろう。でも彼の仕事はこの図書室に残っている。彼が去ったこの街に、彼が捨てたこの街に。

(9809.01)



あとがき

 いきなりオリジナルキャラの回想から始まってしまうお話ですが、このお話では、カミーユがグリーン・オアシスに移住したのがU.C.0084ということになっています。これは、「機動戦士ガンダム0083」を踏まえると、ティターンズによる「ニューガンダム開発計画」(νガンダムではなくマーク2のこと)は、事件の決着のついたU.C.0084でないと折り合いがつかないように思えるからです。

 ではその前はどこに居たのかという点については、Ζ小説版での記述とΖ放映当時のアニメック編集部の「一年戦争の時、カミーユはジャブローに居た」説から発展させて、延々地球に居たことにしてあります(その設定での話が「炎の記憶」)。カミーユが14歳でコロニーに上がったという点では、それなりに整合性も取れると思っているのですが、この説の難点は、14歳で初めて会ったことになると思われるファを「幼なじみ」と言っていいものかというもの(^^; そ、その点はまぁガールフレンドと言ってしまうのもわずらわしいし、一番しっくりくるのがこの言葉だったということで〜。

 以前読んでいただいた方からは、ラストシーンがお気に召したという方が複数おいでになりました。自分でもこのラストシーンを思いついて書いたというものでしたので、嬉しいご感想でした。ただ、この話を一番最初に思いついた時の設定では、ラストシーンこそこのままですが、そこに至る経緯がちょっと違ったものでした。その設定でも書き直してみたいなとは思っております。

 元々は友人と、萩尾望都の話題で盛り上がっていて、『「トーマの心臓」のユリスモールって飛田さんの声で聴きたいですよね〜』とか色々話していたんですが、そのおかげか、カミーユが委員会活動をするなら図書委員くらいしかなさそうだ、という話をしておりまして、こういう話が出来上がった次第。って、補足しないと影も形もないような気がいたしますが(^^; えとルイスの名も萩尾作品から。ターシャとイシャーラ姉妹にダックスの親父は困った時のスタトレ頼みです。

 そうしてまず書いてみたものを、その時には時間と分量の制限があったため書ききれなかった部分を追加したのが今回の版になります。追加したキャラのグレアム君は何者? との問い合わせもありましたが〜本当は彼にもちゃんと設定があるんですが〜ルイス君の一人称ではこれが限界かなと。なんとか全部の設定入れて書き直してみたいです〜ってこればっかですね。

 今まで頂いたご感想では、カミーユの器用なとことか天才肌なとことか喧嘩っぱやいとことかクールなとことかがご好評で嬉しかったです。でもほんと、Ζ本編とはあまりつながりのない設定での話でありながら、カミーユをカミーユとして読んでいただけるのが嬉しい限りです(^^) ちょいと長め(とはいえ原稿用紙約40枚)のお話ですのに、ここまでお読みくださって本当にありがとうございました。


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